showcase 001 1/1




『the flower is you』


 ゆったりとした曲の流れる店内。
 夜景の美しさが評判の窓際席で、ぼんやりと眼下に広がる灯の絨毯を見下ろしながら、暮咲は一人ライターを弄んでいる。
 店内は禁煙で、待ち人からは先程「ごめんね、少し遅れます」との連絡。
 手持ちぶさたな気持ちを紛らわせようにも、周囲の席をかためるのは周りなど目に入っていないらしい精神的に盛り上がっているバカップルばかりで、なんだかとにかく気に障る。
 社会人にとっちゃ翌日が休みになる金曜の夜なんてそんなものなのかもしれないが、仕事柄決まった休みもないし(まぁ閑古鳥が鳴けば毎日休みだが)、一般に云う『社会的』なルールに縛られない暮咲には、どうにも居心地がよろしくない。
(やっぱり店の外で待ってるんだった…)
 立ちっぱなしが面倒だったのでクーラーの入っている店内に入ったのだが、それがまずかった。
 今夜はスーツもいつものように着崩してはいない。無意識にネクタイを解いてしまおうとして、慌てて手を下ろす。
 店は暮咲が予約を入れた。本当はフレンチがいいと言われたのだけれど「そんな堅苦しいところ俺は行かねぇぞ。腹にも溜まらんし」と何とか説得してイタ飯くらいでいいだろうと変更させたのだが、後日、雑誌の『噂の店特集』ページにマジックで赤マルをつけたものを「これだけは譲らないわよ」と突きつけられてこの始末。
 カッコ悪いから溜息はつくまいと思うのだが、どうにも気分が重い。
「ごめんっ!」
 窓に映る自分の仏頂面を見ていたら、軽い靴音とともに知った声が降ってきた。振り向いて発見する、ちょっと気合の入った服で髪なんかも結い上げた、俺の待ち人、つまり女。
「遅ぇんだよ」
「だからごめんってば。…なに、寂しかったの?拗ねてんの?」
(誰がだよ)
 来る早々のふざけた発言もいつものことかと聞き流して、グラスの水を飲み干す。主賓が席についたのを確認して早速、準備のよろしい店員が前菜とワインをテーブルに並べていく。
 それを目を輝かせてみているのは、まぁ可愛いといえなくもない。だがサービスをしていた店員がいなくなるのを待って、
「『君の瞳に乾杯☆』とか言わないの?」
 なんて言いやがるのは正直どうかと思うので、
「邪気のない澄んだ目なら言ってやらないこともない」
 ほれ、乾杯。と軽くグラスを持ち上げる。それから今度は肝心なもう一言。
「誕生日おめでとう」
 柄にもない、それでもって芸のないセリフかもしれないが、今夜は彼女のための祝いの夜だから。
 ありがとう、とはにかむように笑った顔を見るのは久しぶりで、少し嬉しくなる。
「後でデザートちょうだい?」
「この間『ダイエットしてる』とか言ってなかったか?」
「なによ、誕生日にケーキ2コくらい食べたって太りゃしないわよ」
「あ、そ。んじゃ呑み過ぎるなよ、お前酒弱いんだから」
「そんなの拓矩が介抱してくれればいいのよ」
 口が減らないとはまったくこのことだ。
 プレゼントは悩みに悩んだのだが結局今日まで決められず、だから今日は約束の時間よりも早く家を出た。店に着くまでに何か買おうと思ったのだが、自称『オンナノコ』に何を贈っていいのやらさっぱり見当がつかなくて、結局そのまま待ち合わせのこの店に到着。これではいかんと店の周辺を回ってみたが、めぼしい発見は花屋一軒だけ。
(花…そういえばこの間、好きな花がどうとかいう話をしたっけな)
 華やかに紅くて、けれど棘のある、それがどことなく俺に似ているという(そうか?)花が、誇らしげに冷蔵庫の中。あれでいいかと店員のオネェチャンに「とりあえずそのバケツの中身全部」と言ったらかなりビックリされた。そんでもって提示された金額に俺もビックリした。
 花って高くないか?
 会計を済ませてラッピングされた花は、そのまま店に預けてきた。あれを持って歩くのはかなり恥ずかしいから、後で取りに行く。
「プレゼントは後でな」
「別にね、物を貰うのもいいけどね、私はね…」
 フォークで皿をつつきながらの歯切れの悪い台詞。
「…何だそれ」
 一瞬言いよどんだ後で、意を決したように彼女は口を開く。
「拓矩、本気で笑ったりとかしないでしょ。楽しいとか、嬉しいとか、幸せとか…感情を表に出そうとかあんまりしないし。私はそれが嫌なの。不幸ってわけじゃないんだから、もっと笑って欲しいの。で、拓矩が笑ってる隣に私がいれたらいいなって思うの。…言ってることわかる?」
「恥ずかしいからヤメロ」
「何が恥ずかしいよ。私は本気だっての!」
 怒られた。
「……おう」
 ……なんだかんだ言って、ちょっと感動したりして。
「あ、今笑った」
 確かに顔の筋肉がわずかに緩んだかもしれない。けれどそれをすかさず発見した彼女の方が、こちらが眩しいほどの笑顔。言われてわかる、多分きっと、俺が欲しいものもこれなんだろう。
「ね、私のこと結構好きでしょ」
 いたずらを思いついた目が、上目遣いに笑みのかたち。
「言ってろ」
 内心の動揺を悟られまいとワインを呑んでみるものの、目の前では全て見通したようなクスクス笑いが尽きない。
「お前な……」
 結局最後は酔っ払いを背負って花束片手に家路につくことになるんだろうな、と予測しながら、それでも呆れたり怒ったりする気にならないのは、それがきっと、俺の幸せのかたちだからなんだろう。
 今夜くらいは素直になってやってもいいか。
「ま、結構好きかもな」
 不意打ちで赤くなった顔がこれ以上なく可愛く見えたのは、多分気のせいじゃない。


 -fin-


special thanks for 斎川直斗

image song : 平井堅『the flower is you』




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