showcase 005 2/3




 アイスキャンディーを片方差し出したら、彼は少しびっくりして、それから「いただきます」と、子どもみたいな顔で笑った。
 私は、ちょっとの間を空けて彼の隣に座る。アイスをあげた手前、離れて座るのは不自然に思えた。
 ビニールをくしゃりと破って口にしたアイスは冷たくて甘い。そして、太陽の熱と強い海風のせいで溶けるのも早い。
 指の先から零れて飛んだオレンジ色の滴が、私のワンピースのお腹に着地した。
 すかさず隣から笑い声。
 私は脹れて、唇を尖らせた可愛くない顔で無言の抗議をする。
 彼はまた笑った。
 笑った拍子に、彼が手にしたアイスキャンディーの柄から水色の塊がごっそり落ちて、砂を同じ色に染めた。

「あ」

 一瞬だけ、電池の切れたおもちゃみたいに固まって、彼は「もったいねぇッ!」と叫んだ。
 大きな人は、声もリアクションも大きくて、私はまたびっくりした。

「人のこと、言えないじゃない」
「舌、回ってないよ」

「ひとのこと」と言おうとしたら、冷たい舌が「ひろのこと」なんて間違えて発音したのを、すかさず指摘される。
 その素早さが気にくわないんだけど、私はなんだか笑ってしまった。
 この間の夜の、声の第一印象が良かっただけに、知らない人という警戒心が薄れてゆく。
 海を見ながら、ただ他愛もない話をぽつぽつと。
 屈託のない彼の行動が、私の心を解すのに、そう時間はかからなかった。


 いつの間にか傾いた陽が、遠くの水平線に沈もうとしている。
 膝を抱えた腕が痺れているので、自分がうとうとしていたんだと気付く。

「あ、起きた」

 声に振り向くと、砂の上に寝転がっていた彼が、ガバッと起き上がった。

「まだ居たんだ」
「そりゃあね。寝ている子を置いては行けないでしょ」

 夕焼けが、眩しいくらいに彼を赤く照らしていた。口の端がちょっと皮肉気に上向いている。

「空も海も綺麗だし、星も出てきたし、アイスキャンディー貰えたし、オンナノコの寝顔も見れたし。
 来てよかったかも」
「最後のはむしろ忘れていいから」

 なんてことを言ってるんだろう、この人。
 思わず真顔で本音をこぼしたら、ははは、と声をあげて彼が笑った。

「そろそろ行くよ」

 彼は寝転がっていたので、背中にも肩にも髪にも、砂粒が張り付いている。
 自分でパタパタとはたき落としているのを暫くじっと見ていたら、「手伝って」と言われた。
 私はしぶしぶ立ち上がった。手を伸ばして、ちょっと背伸びをしたりして、襟の後ろだとかの自分では手の届きにくいところの砂を払ってあげる。
 すっかり綺麗になった彼は、満足そうに伸びをした。

「多分もう会えないと思うけど、元気でね」
「うん。アイスキャンディー美味かった。ありがとう。――じゃあね」

 そう言って、風のように。
 私の脇を、するりと、夏の匂いのシャツが擦り抜けた。
 夕日が眩しくて、私は目を細める。
 振り返らない私の頬に、かすかに――温もりが触れていったような気がした。



 その日のことは、海を渡る気持ちのよい夜風が、夢でも見せたんだろうと思っていたのに。
 それから暫くして私は、小さな液晶画面の中に、見覚えのないものを発見することになる。
『俺』
 たった一文字の自己主張と、それに付随する数字。
 夢は、いつの間にか私の携帯電話を操って、悪戯を残していったらしい。


 悪戯は悪戯のまま、今も私の手元に残っている。
 試してみようとしたことはないので、本当に繋がるかどうかもわからない。特に繋げたいわけでもない。
 かと言って消してしまいたいわけでもなく、消せるわけでもなく――

 どういうことでしょうね?
 あの日、まだらに焼けてしまった私の肌は、もとのように白くなりました。
 あとは少し髪が伸びたくらいで、その他は、あの日に散歩に出かける前と、何ら変わりません。
 それなのに。
 たかが数時間の出来事を、残された小さな悪戯を――気にしてないつもりでも、ついつい気にしちゃってるみたいなんです。
 あまりに綺麗な夢だったから、忘れたくないだけなんでしょうか?
 私は、暮れ始めた空にぽっかり浮かんで取り残された入道雲に問いかけた。

 ねぇ。
 これは一体、どういうことでしょうね?




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