showcase 005 3/3
♪♪♪〜
ふいの着信音に、私は傍らに置いていた携帯電話を取り上げた。
ちりちりと色を変えて急かすランプにはおよそ似つかわしくない、優しい呼び出し。
茜色から藍色へ。
控えめに流れるそのメロディーは、綺麗なグラデーションで私の心に沁みこんだ、空を駈ける恋の歌。
「もしもし…?」
『…呼んだ?』
電話の向こうから、懐かしいような、でも初めて聞くような、柔らかく低い声が問いかけてきた。
…誰、だっけ。
発信者を確かめずに電話に出る癖がある私は、時々こういう風に困ってしまう。
誰、だっけ?
『呼んだだろ、今』
私は本当に困ってしまったので、その断定を否定する言葉すら口に出せない。
それから、これはなぜだかわからないのだけれど、少しだけ笑いを含んだその声が、ひどく愛しいと思った。
「誰…?」
『…呼んどいてわかんないの?』
問いかけたら、また笑って返された。
困っている。私はこれ以上ないくらいどうしたらいいのか困っているのに、呆れを含んだその声に、また愛しさがつのって…まるで、タイミングを見計らったかのように訪れる、既視感。
ああ、これは――この気持ちは、あの夏の日の夢に、よく似ている…?
『相変わらずの抜け具合だな』
こちらの戸惑いはお構いなしな声で彼はもう一度笑って、『今度は振り向いてみな』と電話を切った。
――振り向いて。
そうだ。最後に頬を掠めていった唇もそう言っていたような気がするな、と、急にそう思い出して。
それがあの日の私に宛てた夢の願いの欠片なのだと、今更ながらに気がついた。
そうか――
私の心が呼んだから、あなたは、あの夏の空から駈けてきてくれたんだね。
「ハル」
電波を通さずに直に空気を振動させた二文字の呼称は、まごうことなく私の名前だ。
手の中でいくらか温んだ携帯電話を折り畳んで、立ち上がる。
ワンピースのお尻についた砂を払って、私はゆっくりと振り向いた。
ちょっとでも慌てたら、逃げて行っちゃうんじゃないかと思って、慎重に。
「ハル」
風が、その声に揺れた。
私は、その大きな影が近づいてくるのを、ぼんやりとした視界で、少し熱に浮かされた意識で、ただ待っていることしかできない。
互いの靴の爪先まであと一歩のところで立ち止まって、伸ばされた手が――指先が、確かな体温を持って私に触れる。
そして――
優しい色をした夏のシャツが、私の体を包んだ。
その瞬間、夢から覚めた私の空が、あの日と同じ、綺麗な茜色に染まった。
始まりを確信させる、鮮やかな茜色に。
押しつけた頬に、ちょっとだけ早い、規則的なリズムが伝わってくる。
シャツの胸から顔をあげたら、彼に負けないくらいの笑顔をあげようと、そう思った。
また二人であのアイスキャンディーを食べようと、そう思った。
季節を巡り、時間と空を駈けたあたらしい恋の歌が、この夕暮れから生まれようとしていた。
-fin-
【RHAPSODY】 10000 hits memorial story.
[flavor : cinnamon+vanilla , keyword : 空(sky)]
reproduced 【bless you!】
special thanks for ハル
image song : The Gospellers 『AIR MAIL』
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