showcase 010 3/4




 ……。
 顔を見るなり、開口一番にソレですか。もっとこう「久しぶり」とか「元気だった」とか「なんで泣いてるの」とかあるでしょうに。
「…やっぱりって、なに」
 私の開口一番は酷い鼻声だった。
「そろそろ泣いてる頃だろうと思ってさ。来てみたら大正解だね」
 ぐしゃぐしゃになって見るどころじゃないであろう私の顔を見ても、彼は笑ったりしないで、勝手知ったる人んチとばかりに、タオルを濡らして持って来てくれた。
「いつもそうだけど、ストレスが溜まったら泣いて発散してるでしょ」
「……」
 彼は私の隣の定位置に座って、まだ涙の止まらないぐしゃぐしゃな顔を拭ってくれる。
 もうだいぶすっきりしたはずが、惰性というか、彼の顔を見たからというか、止めたいのにこれがなかなか止まらない。

 ――全部お見通しってワケですか。単純な人でごめんなさいね。

「…ありがと」
 心では捻くれても、口は素直に「ありがとう」を告げる。これは彼と出会ってからの私に訪れたいい変化だ。
 意地ばっかり張っててもいいことなんてない。
 ――ほら、ね。
 彼は私を見てふわりと笑った。夏の太陽みたいな、私の大好きな笑顔で。
 急接近してきた彼の顔に、私は慌てて目を閉じる。
 はずみで零れそうになった雫の上に柔らかな温もりが押しつけられて、
「しょっぱい」
 閉じた目のすぐ傍で彼が笑う気配がした。言葉と一緒に零れた吐息が頬の上を滑ってゆく。
 私はそのまま頭を抱え込まれて、僅かに汗が香る優しい腕の中。

「朝顔の花って、露に濡れるものだから」
 綺麗に咲かせようと思ったら、ちゃんと手をかけてあげないとね。

 ……。
 これを待っていたはずなのに、落ち着くというよりも何故だかむくむくと悔しい気持ちが湧いてきて、私はほとんど衝動的に目の前の首に吸い付いていた。
「うわっ!? ちょっと!」
 ここぞとばかりに広い背中に手を回してぴたりとくっついてやると、私を柔らかく抱いていた腕が慌てふためいて引き剥がしにかかってくる。
「俺これから仕事なんだけど!?」
 いつもより幾分高くなった抗議の声を無視して、そのままへばりついてみる。
 焦って妙な汗をかき始めた彼は、やっぱりしょっぱかった。
「夏なんだし、蚊に喰われたって言えばバレないよ」
 そろそろ湯気が立つんじゃなかろうかという身体から離れると、少し涼しくなった気がした。

 へっへーんだ。いつもしてやられてるだけじゃないんだもーん。見透かされてるだけじゃないんだもーん。
 ちっちゃな攻撃が成功して、私はちょっと満足した。ついでに涙も引っこんだ。
 ホントは痕なんてつけてない。子どもじゃないんだから、そんなので困らせたりしない。でも子どもみたいな行動はしちゃいたいのだから、私はだいぶ困った人だ。
 ――嬉しいのと悔しいのとが混ざってしまって、よくわかんない行動に出ちゃうことってあるよね?

「ふぅん…そんなこと言っちゃうんだ」

 あ…れ?
 ボソリと呟いた彼の目の色が変わった気が。
 あれれれれ?
 ついでになんか変なトコに転がりそうな気が。
「『お返しは倍で』って礼儀があるの、知ってるよね」
 知ってるもなにも、私がよくそう言っては「えー」と抗議されるアレじゃないの。勿論私もそう要求する手前、貰ったもののお返しは大抵倍返しにしてるけど…。

 って。

「ちょっとドコ触ってんの!?」
 抱きしめるみたいにして伸びてきた手が、前触れなく不穏な動きをしてみせた。
「ドコって、胸とか足ー?」
「そんなの律儀に答えなくてヨシ!!」
「自分で訊いたくせにさぁ」
 意地悪な声の後に、ドサリと音がした。
 くるりと世界が回転したことに気が付いたのは、その後。

「えっ?」
「えっ、て。今お返しを要求したでしょ?」
 ――倍なんて言ってないで、折角だからもっと沢山アゲル。




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