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『甘党』


 真夜中に突然転がり込んできた黒くて大きなレトリバーは、ソファの上に丸まって言った。

「ごめん。お前明日早いだろ、勝手にくつろいでるから寝てていいよ」
「…あ、そう」

 鍵の開く音と電気のスイッチがパチリという音に目覚めた私は、灯りにしょぼしょぼする目をパジャマの袖で擦った。
「家に帰るの面倒臭くなったの?」
「ま、そういうとこ」
 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出したものの、手の中で弄ぶだけで、彼はまたソファに戻って丸くなる。
 長い足を折り曲げて、どこかだるそうに、膝の上に顔を乗せて。

 自分の家に帰るよりも私の家の方が近いからと、こんな風に彼が真夜中に現れることは初めてじゃない。
 言葉通りに受け止めて眠りにつくと、翌朝にはいなくなっているか、丸まったままソファで寝ているかのどちらか。
 …あのね、「勝手にくつろいでるから」って、真夜中に会いに来た人が言うセリフじゃないでしょう。

 あまり甘く見ないでね、最近ちゃんとわかるようになったのよ。
 賑やかな中からふと一人になったら、無性に寂しくなったんでしょうに。
 人恋しくて来たんでしょうに。
 どうしてそう、「待て」と言い渡されたような犬のように、我慢の中に諦めを孕んだような佇まいなのよ。
 私のことが恋しくなって来たんだと言ってくれたら、真夜中だろうが大歓迎なのに。

 狙っているのかそうでないのかはわからないけれど、母性本能のくすぐり方が上手な男というものは、憎たらしくも愛しいもので。
 私は寝室のドアに手をかけたままでひとつ溜息をついて、しょんぼりした後姿に呼びかけた。

「ほら。仲良くしてあげるから、おいで」

 なるべく柔らかな声になるように意識すると、彼がぱっと顔を上げた。
 …さっきの様子はドコへやら、よ。
 振り向いて、尻尾を振りつつ嬉しそうに寄ってくる彼を、部屋の中に招き入れる。

「なんだかなー」
「…ん」
「すっかり男に甘くなっちゃった」
 ふたりしてベッドに倒れ込みながらそう言うと、「いいんじゃね?」と鼻の頭を舐められた。
 髪に顔をうずめて擦り寄られるのは、くすぐったいけれど結構好き。
「俺、甘えさせてくれるのも甘えるのも好きだし」
「…それ、よく考えたら同じことじゃないの?」
 そこに「私を甘やかす」という選択肢はないのかしら、などと思いながら、私は、じゃれてくる黒くて大きなレトリバーを抱きしめた。


 -fin-




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