showcase 014 1/4




『辛党』


 深夜。
 仕事上の“おつきあい”というものから開放されてようやっと家に帰りつくと、玄関先に見覚えのある物体が丸く転がっていた。
「……」
 これって分別するなら燃えるゴミの方かしら、と私はバッグからキーを中途半端に取り出したまま、動きを止めた。
 それから、「住むなら田舎よね」とか「家賃安いし」とか「貯金もしなきゃね」とか言ってないで、さっさと引越ししとけばよかったと心底思った。
 ええ、心底よ。

 欲しい情報というものはなかなか流れてこないくせに、欲しくもないそれは有難迷惑なことに向こうからやってくる。それが世の中というものらしい。
 そうね、例えばほら…昔の男の話だとか?
 今日がまさしくそれだったんだけどね。お喋り好きな後輩が珈琲をくれるついでに持ってきた話に、私は内心仏頂面の、表面はスペシャルな営業スマイルでもって対応しなきゃならなかったのよ。
 勿論、彼女はヤツが私の昔の男だとは知らないと思うんだけど。と言うか知ってたら知ってたでいろいろマズイんだけど。
「先輩趣味悪いー」とかそういうの以前に、いろいろ。

 昔の男。
 そんなに多いわけでもないけど、よくよく考えてみたら、私は男運が悪いのかもしれなかった。
 勝気な性格が災いしているのか――いやむしろチャームポイントだと思いたいんだけどね?――男を立てない、何でも自分でやりたがる、守り甲斐のない女だと思われるらしくて。
 そう言えば前の男にも似たような事言われたわね…。

『先の尖った靴ばかり履きたがるのは強さを誇示したいからじゃなくて、強いんだぞと外に思わせたいからだよな』

 つまりはどういうことかと言うと、私は単に強がって尖ってる可愛げのない女だと言いたかったらしくて。
 …今思い出してもムカツクわね。
 私は、私のキャリアと一緒に上がったグレードの高い、だけど相変わらず尖っているミュールの先で、人んちの玄関先で酒臭い寝息をたてている黒い物体をつついた。
 つついた先は、綺麗に磨かれた革の靴。

 なによ、暫く見ないうちに小奇麗になっちゃって。高そうなジャケットとか着ちゃって。
 …でも寝汚いのは相変わらず、と。

 玄関先に転がっている黒い物体は、生暖かくて息をしているイキモノ。
 私に引き摺っていけるだけの力があれば、すぐにでもゴミ置き場にポイしに行きたい、イキモノ。
 かなり久しぶりにお目にかかる、ナマモノ。
 失礼な台詞を残して行った、でもそれなりに愛してはいた――私の、昔の、男。


「邪魔だってのよ、起きろバカ」


 足が出るのと同時に暴言も出た。
 ミュールの先がたたんだ膝にこつりと当たって、その上に乗った頭が小さく揺れる。
 ……。
 もう一撃くらい喰らわせようかと思ったら、黒い頭がガバッと勢いよく後ろに仰け反って、

 ガンッ!!
「あ痛ェ!」

 膝を抱えてその上に頭を乗せた状態から跳ね起きたら…そりゃぁ、後頭部を強打するってもんでしょうに。
 …ドア、凹んでないでしょうね。
 しゃがんだまま頭をさするヤツを、私は斜に構えて見下ろした。見上げてくる涙目と、がっちり目線が合う。

「いよ、っ。久しぶり」
「久しぶりもなにも、呼んだ覚えないんだけど」
「ああ、その口調…お前変わってないねぇ」
 笑うでもなく妙にしみじみとそう言われて、私は少し黙ってしまう。
 お尻をはたいてヤツが立ち上がると、とたんに私が見上げる側になった。
 ――どこか懐かしさを感じなくもない、この身長差。
 目線が高くなったことに優位を感じさせるでもなく、さらりと、構えるところのまったくない声が降ってきた。
「仕事仲間と呑むってんで近くまで来たからさ」
 懐かしくなってふらふら歩いてたら、お前まだ此処に住んでるんだもん。
「立ち話もなんだから、中入れて」




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