showcase 014 2/4
閑静な住宅街といえども、昼間はある程度生活音に溢れている。けれど夜中ともなればその音も消えて、雑談程度の会話でも充分な騒音になりえるのだ。
しぶしぶ玄関を開けると、ヤツが後ろからひょっこり付いてくる。それを横目で見てわざとらしく大きな溜息をつけば、ヤツは、どうやら瘤のできてしまったらしい頭を撫でた。
歩きながら壁に手を伸ばして、変わらない壁紙の感触を確かめるような、そんな手つきも気にくわない。
「…で、話ってなによ」
「んー…」
腕時計をちらりと見た小さな目が、今度は私を向いた。
「つぅか泊めて」
「は? …タクシー呼んだげるから帰りなさいよ」
「それはそれで有り難いけどさ、お前の立場が悪くなるだけだぜ?」
ヤツはそう言って、ニヤリ、と厭味ったらしく唇の端を持ち上げた。
「お前帰ってくるの遅ぇんだもん。待ちくたびれて寝ちまったから、今更帰るの面倒臭ェ」
いやほら、アンタの事情は私には関係ないと思うんだけどそこんとこどうなのよ?
と、思ったけど――確かに、ヤツの言うことにも一理ある。
ここいら一体はかなりのどかな住宅街で、深夜に帰宅する車の音にさえ気を使いたくなるような場所だ。そんなところで夜中にタクシーでも呼ぼうものなら――しかもウチから出て行くご近所では見覚えのない男を乗せたとあれば――考えるだけで頭が痛い。
コイツの対面など私にはどうでもいいことだが、私の対面となると話は別だ。
確かに、私の方が分が悪い勝負らしい。
だからって、泊まるってなに。泊まるって。
それ以前に、なんで私がこんな風に脅される側なのよ。脅され…てるわよね、私。
「別にいいだろ。知らない仲でもないんだし」
「いいわけないでしょ」
「ざっと見たところ男がいそうな気配もないし」
「そんなのは大きなお世話だってのよ、このバカ!」
私は握り拳で思いきりヤツの頭を殴ってやった。思えば昔も喧嘩をしては殴ったものだ。
「おお痛ェ」なんて言って頭をさする、その黒い髪が前よりも伸びている。
…お互い、変わったような、変わってないような。
私の武闘派な性格は今もあまり変わらないけれど、あの頃は今よりもっと血気盛んで、今よりももうちょっと若かったのよ。
そう言えば、その頃もコイツには殴られたことはなかったな。1度酷く喧嘩をした時に、拳を握られたことはあったけど。
…コイツの方がオトナだったってことなのかしら。
チッ。なんか悔しいじゃないのよっ。
職場じゃ「できる大人な女」と評判もそこそこなのに、築きあげたキャリアがガラガラ音を立てて崩れそうな本性が、――いやいや本音が思わずこぼれる。
ミステリアスなプライベートなんて言われてるけど、そりゃぁ言えるわけがないでしょう、こんなの。
ねぇ?
「お前、物持ちいいねぇ」
何かと思って目をやれば、ヤツは食器棚を勝手に漁ってグラスを持ち出しているではないか。
学校だか地域だかのバザーで手に入れたシンプルでレトロなデザインのタンブラーは、確か6個セットだったのを、喧嘩した時にいくつか割った覚えがある。
今、私の目の前で、平気な顔で勝手に冷蔵庫を開けて、麦茶を飲み干しているこの男にぶつけて。
「古くなろうが、使えるものは大事にしなきゃ」
エコよエコ。
ま、使えない男はポイッと捨てたけど。
…じゃなくて。
なんで此処に捨てたはずの男がいるのか、誰か私に説明して。「近くまで来たから」とかじゃなくて、もっと具体的にハッキリと。
地球に優しいリサイクルとか言わないでよ。そんなバカ言ったら殴るわよ、それこそ渾身の力で。
「なぁ、残り物でいいからなんかない? 腹減ってさ」
問題のヤツは私になんかお構いなしで、いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけた。
「どうせ来るなら土産でも持ってくるってのが礼儀ってもんなんじゃないの」
「だってお前、まだ住んでるとは思わねぇもん」
住んでるとわかってたらお土産持参で来たか、とかそんなことは知らないけど。
引越し云々に関しては後悔しきりで、何も言えないじゃないのよ。嗚呼…。
「…冷蔵庫にお隣さんからいただいた煮物があったような」
「米は」
「…冷凍庫に小分けラップで入ってるような」
「おう、サンキュ」
冷蔵庫を開けてお皿を出して、レンジでチン。
座るのはキッチンテーブルの左側。ふたつある椅子のうちのコンロよりも遠い方。
……。
別れて暫く経つのに、なんでこんなに自然な動きをするんだろう。なんでこんなに覚えているんだろう、この男。
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