showcase 016 2/2
『アルテミス』
話の合間にグラスの汗をなぞる細い指が、無意識の視線を誘う。
星はいつの間にか夜の底に堕ちてしまったらしい。
重ねた杯の数だけ眩暈は訪れて、酩酊手前の思考回路は、頼りなく揺れるキャンドルの灯さえ導きと錯覚してしまうようだった。
カーテンさえ締め切った部屋に、ふたりきり。
逢瀬はいつもひっそりと。人目を気にする緊張感は、気分を盛り上がらせるスパイスでしかない。
緩慢な瞬きに奪われた視線を隠しもせず、俺はまるで当たり前のように距離を、
「…そばにおいで」
ふたりの間に横たわるもどかしさを、囁きひとつで払い去る。
「……」
近づく肩を引き寄せれば、触れる直前の唇が、音として滅多に聞かせることのない名前を呼んでみせた。
――酷く甘いと感じたのは、その声の響きにか。頬を掠める吐息にか。あるいは濡れた舌先か…。
「…もっとそばがいい」
応えてくる声には艶が滲んでいる。
更に応えて、銀色によってまるく焼かれた指から無粋なそれを抜き取ると、アーモンドを思わせる形よい目が僅かに笑んだ。
そのまま、無機質なそれをカットガラスの灰皿に放り込む。カラリと転げる先を、サイズもデザインも全く違う、決して対ではない片方が出迎えた。
埋め込まれたダイヤモンドは視線を惹きつける力こそ持てども、心を束縛する力までは持たない。
星が堕ちれば、ふたりを目撃するものは皆無。
他者の存在を意識から除外して、そうして裸にした指が触れた。
思わず息を殺すと、僅かなはずの衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。
指先から徐々にてのひらへ。焦らしながらも着実に絡まる、捕らえて離さぬ君の罠。
それは、わずかばかりの躊躇いも根こそぎ奪うダウンフォース。
――逆らうことなどできようはずもない。
このまま、今夜はずっと。
このまま。
はずむ息のリズムを合わせて、闇のみを纏った姿で、夜を統べる女神に愛される。
現を忘れたこの夜の密やかな至福は、月がまどろみはじめるまで――まるで覚めることのない夢のように。
-fin-
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