showcase 017 1/5




『甘味をめぐる考察と言い訳とその他諸々』


 合鍵というものは、家主がいない間に掃除をしておくとか、ご飯を作っておくとか、そういう理由のためにあるわけじゃない。
 そりゃあ好きな相手なわけだからできるだけ構ってあげたいし構って欲しいのだけれど、ふたりはあくまでも対等なのだと忘れちゃいけないと思う。
 してあげるだけとか、してもらうだけとかじゃなくて――甘えるのも、甘えられるのもはんぶんこ。
 性別の違いだとか年齢の違いだとか仕事の環境の違いだとかの現実を考えると、それは難しいことかもしれない。
 でもそれが、私たちが思い描く理想の関係だ。


 ***


「ただい…」

 留守にしていた家主が帰ってきた時、私は勝手にお邪魔している身にも関らず、佳境に入ったゲームに熱を上げていた。
『ギィヤァァァ!!』
「ぬぅぉおお!? ナニ!?」
 スピーカーから大音量で飛び出した断末魔の叫びに連動したかのように、玄関でドサドサッと音がした。
「いよっしゃ、15hitsコンボ! ナイスタイミング♪」
 私は構わず、TV画面に見入ったまま、「おっかえりー♪」と声だけで振り向いた。
 …さて。
 ドッキリお迎え大成功?
 落とした荷物を拾い上げて姿を現した彼は、私と画面を交互に見て、妙に脱力した顔で「アナタまたそんなエゲツナイの…」と言った。
 画面では主人公の背中美人が侵入者をトラップに嵌めまくった挙句――なんせ15hitコンボよ?――なにくわぬ顔をして立っている。
 私はそれに満足して、ぷつりと電源ボタンを押した。
「セーブしないの?」
「うん、もうクリアしてあるからいいの」
「…あ、そう」
 “やっぱり猫が好き”な彼に対して、私は“やっぱり罠が好き”なのだ。ふふふ。
 エゲツナイと言われようとも好きなものは仕方ないじゃない、ねぇ?

「勝手にお邪魔してますよー」
「はいはい」
 この間「これやるから大事になさい」と渡された鍵を顔の前に掲げると、ぷらぷら揺れる銀色の向こうで、彼はテーブルに乗せた買い物袋をゴソゴソ弄っている。
「じゃじゃーん」
 効果音つきで取り出されたのは、柔らかな色に熟れた、てのひらに丸く乗る果物。
「あれ。梨だ」
「季節物、それはすなわち美味い物。てなわけで剥いてくれ」
 ぽすん、と梨を私の手の中に落として、彼は鞄を片付けに部屋の奥へ。
 私は心得たもので、彼が戻ってくるまでにしゅるりしゅるりと梨を剥いた。
 うん、さっきでシンクの中を片付けといて正解だったわ。

「半分食べていい?」
「ダメです」

 お皿にフォークを2本添えて出したにも関らず、私がその片方を構えたのも気にもせず、彼はそんなことを言う。
「『梨』は『リ』で『離』に通ずるから、はんぶんこなんて縁起悪いの」
「なにそれ」
「中国の言い伝え」
「言い伝えって、つまりは迷信でしょ? それは気の持ちようであって、別に梨を分けて食べたからって…」
「俺が気になるのでおまえさんには絶対に分けてやらんのだ」
 ずいぶんと理不尽なことを言われてるんだけど、子どもが駄々をこねているように見えるのは気のせいかしらね?
「……。どうしよう、意外にかわ…いやいやいや」
「んん?」
 じろり、と視線が鋭くなったので、私は思わず語尾を濁した。取り繕うように窓の外なんかを見ている間に、皿からどんどん梨が消えていく。
 最後の1切れさえも躊躇いなく口に運んだ彼に、私は恨みがましい視線を送らずにはいられなかった。
「私が剥いたのに…」
 そう呟くと彼は律儀に顔の前で手を合わせて「ごちそうさまでした」と言ってくれたのだけれど、季節物なそれの香りがまだふわりと漂っているものだから、私の気はなかなか治まらない。
「ケチ」
「なんとでも仰いな」
 彼は怒るでもなく、私の駄々を流した。
 ……。




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