showcase 019 1/2
『forget me not』
ワンコールで切れる電話ほど、苛つくものはない。
間違いなのか。それとも「かけ直せ」という無言の圧力か。躊躇い傷のようなやるせなさを感じさせるのも、気にくわない。
カチリと開いたディスプレイには、取り損ねた着信の「不在」マークがどっかりと居座っていた。
…馬鹿だろ、お前。
発信者の名前を見ただけで用件を察してしまえたのは、多分、相手があいつだったからだろう。
躊躇い傷の部類には、溜息で応えて。
「馬鹿だろ、お前」
思わず口にしてしまった暴言に外野が探りの視線をくれるのを、レンズの下から一瞥して黙らせる。
それから俺は、もう一度「馬鹿だろ」と呟いた。かけ直す時間くらいは取れたが、今はあえてスルーすることに決める。
電話のむこうの馬鹿には、言って聞かせるよりむしろ効果的な方法があるのを知ってるからな、俺は。
世間一般で言うところの「人恋しい秋の夜長」というヤツは、世間一般と言うだけあって、誰の上にも平等に訪れるものらしい。
それはふと耳にした切ないラヴソングにかつての恋人を思い出すように、偶然と言うよりむしろ必然性を持って忍び寄る、現在に思い出の陰りがのびる、そんな一瞬だ。
きっと頭で考えるより先にこれまでの経験がモノを言うんだろう。そいういういささか理不尽な仕組みで、暖かな季節もいつしか凍える、そんな世の無常を憂う、身勝手なセンチメンタル。
それに浸るのも時には悪くない。
悪くはないが、モノには限度ってもんがある。
移ろいを止める事はできなくても、今を信じていく、そうすることが俺たちにはできるんだから。
確かに、終わりはいつか来るかもしれない。でも、だからと言って別に今から気に病む事でもねぇだろ。
雪解けのこない冬があるか? 明けない夜があるか?
センチメンタルは許す。だけど、後ろ向きになるのはいい加減にしろ。
わかってかけてるワンコールの先には、俺。マイナス要素なんてこれっぽっちもない。
それなのに、何を恐がって先に進めないと言うんだろうな、あの馬鹿は。
…俺か?
幽霊でも超常現象でも宇宙人でもない、生身のこの俺か?
おかしいだろ、そんなの。
守っていくって言ったのは、確かにこの口だろうが。
ワンコール。
求める熱が、言いたくて言い出せなくて、その根元に隠れてる。
あいつはかなりの馬鹿だと思う。
大体、寂しいなら寂しいってちゃんと言やぁいいだけのことだろ。
リアルタイムで電話が繋がらなくたってそう思う声は残せるし、風邪引いたとかで耳障りだろうからってんなら、メールにすればいい。
でも俺にだって事情はあるから、すぐには逢いに行けないかもしれない。
でもな。
身体は傍にやれなくても、同じだけお前を想う心なら、いつだって傍にやれるんだから。
俺が誰を一番に想ってるかってこと。
お前はそれを忘れてんじゃねぇよ。
浮かばれねぇだろ、俺がよ。
それから。
俺だって同じことを思う時もあるんだってことを、お前はちゃんと分かっとくべきだろ。
俺は仮眠用のソファに向けて放り投げた携帯電話を一瞥した。
ああもう、煩わしいんだよ。
ワンコールなんかで焦らしてんじゃねぇよ。
いいから早くお前の声を聞かせろなんて、そんなんで頭いっぱいになっちまうじゃねぇか。
この馬鹿が。責任取りやがれ。
「やだねぇ、秋って」
「なんで」
お疲れ、といつもの挨拶の後のお前んちまでのドライブは、短いながらも長距離に感じるほどで。
前触れなんてしない夜の、驚くその顔を見た一瞬だけで、逸ってた気持ちがずいぶんと甘い位置に落ち着きやがった。
不覚と言えば不覚だが、当たり前とも言える、悪くはないこの感覚。
「夏日に戻ったり急に冷えこんだりで、タオルケットと毛布を両方とも準備してなくちゃなんないんだもん」
あー面倒臭いと口を尖らせるその声は、自惚れさせてもらえば“嬉しさの反動”のようなもんだろうな。
それだけで満たされるような気になる俺も、たいがい阿呆だ。
――馬鹿に阿呆で、まぁいい組み合わせか?
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