showcase 020 1/4




『Trick or Treat?』


 さっきまでは、暮れゆく陽が眩しかった。
 段々と落ち着いた色彩に染まる街を駆けて静かに止めた、僕の車のその助手席には、陽の光を移したようなオレンジのリボン。
 正確には、オレンジのリボンを結んだバスケット。
 バスケットの中身は、彼女の好きな、僕お手製のプティングとキッシュ。それから、甘いのと甘くないお酒。
 もう片方の手には、暇を見つけて行ってきたおもちゃ屋さんのビニール袋。
 いつものパーキングからいつもの道を歩いて5分で到着する彼女の家は、玄関先の寄せ植えが、気の早いことにもうクリスマス仕様になっていた。
 …まぁ、株を根付かせるのを考えたら今からやっといた方がいいのかもしれないけど。それにしてもその横にハロウィンのオブジェを飾るのはどうかと思いますよ、お嬢さん。
 僕はこっちを見て笑う木彫りのカボチャにへらっと笑いかけて、その横に下ろした袋の中から、カサカサと荷物を取り出してスタンバイ。

 自分の頭と同じくらいの大きさの手彫りのJack-o'-lanternには、持ち運び易いように吊り下げ紐を通して。
 その中には、部屋に置いてあったお気に入りのアロマキャンドルを。
 仕上げにこの日のために買ってきておいた狼男のゴムマスクを被って、片手にJack-o'-lanternをゆらゆら揺らしながら、僕はインターフォンを鳴らした。

 ピンポーン♪

 ハロウィンに仮装して会いに行くなんて、僕も大概子どもじみている。
 はーい、とドア越しに応える声に、僕は「Trick or Treat?」とお決まりのセリフでもってご挨拶をした。マスク越しなので、少し声が篭ってしまう。
「いたずらは困るなぁ」
 そう言いながら出てきた彼女は、僕と同じで右手にバスケット。黒のベロアドレスにファーのついたケープを合わせて、珍しく黒のマニキュアまでしている。でもパーティに出掛けるには、荷物がちょっと服に合ってない。

「すごくベタな狼男がいる」
「そっちは魔女なんだ」

 手の込んでない狼男と手の込んだ魔女が、玄関先でご対面。
 彼女のバスケットには、有名なアニメに出てくる黒猫のぬいぐるみがくっついていた。
「出掛けるの?」
「うん。近所の子ども会のハロウィンパーティに、お菓子をお裾分けしに行く約束をしたんだ」
 すれ違いにならなくてよかったね、と彼女は笑ったけれど、僕の目的地はここだし、出掛ける予定もない。
 それって入れ違いにはなっちゃうってことじゃないのかなぁ?
「公民館までだから…30分くらいで帰ってくるけど」
「あ、じゃぁ僕留守番してる」
 「一緒に行く?」と訊かれる前に先手を打って、僕は留守番役をかって出た。子どもが主役のパーティーに付いて行って、冷やかされるだけ冷やかされて帰ってくるのはちょっと遠慮したい。
 へらっと笑う僕の姿を上から下まで再確認した彼女は、ゆらゆら揺れるJack-o'-lanternを見つけて目を輝かせた。
「ねぇねぇ、コレ借りてっていい?」
「いいけど、火には気をつけなよ。それで転んだりしたら目も当てられないよ」
「りょうかーい。これで魔女のコスプレはカ・ン・ペ・キ♪」
 んふふなんて満足そうに笑う彼女は、ご覧の通り、30分間のイベント出演にとんでもなく気合を入れたりなんかする。これが結構日常茶飯事だったりするんだな。
 ま、僕より子どもじみたそんなとこがチャーミングなんだけど。
「知ってた? こだわり出すと煩いんだよ、私」
「情の深いオンナだからね」
「えー…うん、そう。情も深いかしらね」
 それがイコールで結ばれる数式になるのかは知らないけど、つまり適当なことを言ってみたんだけど、僕は妙にツボにはまった。
「あはは、いいねそれ。僕は『こだわり出すと煩いオンナが選んだこだわりのオトコ』ってワケだ」
「…そういうことにしといてあげようかしらね」
 追求したってなんだかんだと言い負かされるのが分かってるからか、彼女はとても微妙な、あえて表現するなら「苦笑」な笑いを浮かべた。
 いつもよりダークな色合いの唇のせいで、いつもの笑みなのに違う人みたいだ。
 敷き石の上に降り立つ彼女を引き止めて、「差し色だよ」と自分のバスケットから外したリボンを、ブレスレットの代わりに彼女の手首に巻いてあげる。
 「お留守番宜しくねー」とひらひら揺れるオレンジが、薄闇の中なのにやけに眩しかった。




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