showcase 020 2/4
留守番を任された、勝手知ったる彼女の部屋。
ゴムマスクを脱いで狼男から人間に戻ると、気のせいだとはわかっているけど、空気が美味しく感じられる。
少し顔に汗をかいていたので洗面所に向かうと、鏡の中の僕は髪型がぐしゃぐしゃになっていた。
…彼女の前で脱がなくてよかったかも。
顔を洗ってさっぱりして、それから煮込み鍋の中身なんて覗いて見たりして。
ソファにもたれてたりクッションを枕にして転がってみたりしてたら、日々のアロマセラピーで焚き染められたらしい微かな香りが、心地よい安らぎをくれる。
…いつの間にか、眠ってしまったらしい。
「そこで寝てると、いたずらするよ?」
頬っぺたをつつかれる感触で目覚めると、「ほら今日ハロウィンだし」と彼女が僕を見下ろしていた。
「たまにはイタズラされるのもいいかも」
「…意味が違うように聞こえるのは気のせい?」
薄く開いた目に、彼女が右手に油性マジックを持っているのが見えたので、僕は慌てて肯定した。
「気のせい。気のせいです」
それはホントに消えないから勘弁してください。
ケープを外した彼女の首に、いつの間にかオレンジのリボンが移動している。肩の辺りで蝶々結びされたそれが浮いた鎖骨を隠しているのが、ちょっと色っぽいなと思った。
「じゃぁ違うペンで落書きします」
「?」
そう言って、彼女は座っている僕の脇に片膝を乗せた。はずみでぎしっとソファが鳴く。
一瞬ドレスが頬に触れて、僕の視界を隠した。
「動いちゃダメ」
「……」
引き寄せようと伸ばしかけた腕が、中途半端な位置で止まる。
固定された視界の端で、彼女の右手が、隠し持っていたらしいピンクの可愛らしいチョコペンをにゅるにゅるっと動かした。
差し出された鏡を覗きこむと、左のほっぺにでっかくハートマークが描かれている。
…似合わないこと、この上ない。
「うわなにコレ」
喋ると表情筋が動くので、それにつられてチョコレートがずり落ちそうで、変な緊張感に支配される。そのせいで、僕の顔は可笑しいったらこの上ない。
僕を見る君が、「うーん」と小さく唸った。
「…いたずら?」
いたずら? って。
ちょっと待って、ひょっとして後先考えてなかったりするんじゃないよね。
「どーすんのコレ」
「…どうしようね?」
訊いたら、うわ、案の定な答えが返ってきた。
それにしても――困った顔して首を傾げるのがいちいちツボだって、分かっててやってんのかな。
ちょっと閃いたので、僕は頬を気にしつつもニヤリと笑ってやった。
「せっかくだから、舐めて美味しくいただいちゃいなよ」
「ええぇ!?」
「だって、勿体ないじゃん」
もとはチョコなんだしさー。キャンバスがちょっとアレだけどさー。
僕は自分の頬とテーブルの上のバスケットを交互に指差しながら、君とばっちり視線を合わせた。
「イタズラしてくんなきゃ、お菓子あげないよ?」
オカシナことを言ってるなっていう自覚ならある。
でも僕は、見る間に赤くなった顔が逃げようとするのを、手を握って繋ぎとめた。
息さえ止めてるんじゃないかと思うような真っ赤な君を暫くじーっと見つめていたら、突然、君の目からほろりと透明な雫が零れた。
「えっ…えええぇぇっ!?」
なななに、なんで泣くのさここで!?
零れて僕の膝に滲んだ雫は、まぎれもなく涙で。
バスケットの隣で、Jack-o'-lanternが「あー泣かせてるー」なんて揶揄する顔でこっちを見ている。
「ごっごごめん、あーホラ泣かないで俺が悪かったっ!」
うろたえまくってる俺はかなりみっともなくて情けない姿で、噛みまくりながらも一生懸命にひたすら謝った。
女の子の涙は、ちゃちな男の格好よさなんて簡単に破壊してしまう。一粒で威力抜群なんだから、わざわざ魔女になって魔法を使う必要なんてない。
…と言うか、今でさえ敵わないんだから、これ以上魅力的にならないでください。
「恥ずかしすぎ…っ」
どうしよどうしよ、なんて慌ててふためいてたら、赤い顔をしたままでぽそっと彼女が呟いた。
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