showcase 023 4/5
そして私は、疑いようのない日常に戻ることで、明けた朝の後にはまた夜が訪れるのだということを、忘れた。
けれどまた夜は来て、私の意識を否応なく彼へと向かわせるのだった。
日中晴れたことで、窓の外に太陽を見ながら室内に篭もらざるをえない同僚たちと、久しぶりに鬱憤晴らしへ呑みに行くことになった。
けれど珍しく早い時間から始めたため、思ったよりも帰宅が遅くなることはなかった。
そんなに呑んだ覚えはないのに、短い帰路の間に2回も靴の踵を側溝の溝に嵌めてしまった私は、不貞腐れた顔のままで、自宅へと続く最後の曲がり角を曲がる。
途中の自動販売機で、缶コーヒーを買って鞄に入れる。気のいい赤い箱は、「お疲れさまでした」と明るい声で私の背を押した。
そう新しくもない賃貸マンションは、この間から誘蛾灯の電灯が切れかかっていて、時々ちかちかと瞬いている。その瞬きに無意識の視線を奪われて、私は自分の足元から空中へと視線を移した。
そして、2階の角の部屋に、あるはずのない灯りを見つける。
ひとり暮らしの自分の部屋に煌々とともる灯りは、私以外の誰かが其処に居ることを示していた。
――帰りたくない。
合鍵を持ち、堂々と留守宅に居座るのは、彼しかいない。
今度の“次の夜”は驚くほど早く訪れて、私に身構える間を与えないのか。
帰りたくない。
帰りたくない。彼に会いたくない。彼の顔を見たくない。
帰りたくない。
まだ夢の中でだけ、彼に会っていたい。夢の中でだけ、彼に抱きしめられていたい。
帰りたくない。
けれど、――彼の手に、触れたい。
帰りたくないと駄々をこねても私が帰る場所といったら自分の部屋以外にないわけで、私はひとつ溜息をついて、駄々をこねる気持ちを外に逃がした。
鍵を開ける前に手鏡で髪や化粧を気にする自分が、ちょっと好きで、やっぱりとても嫌いだと思った。
おかえり、と言った彼は、私が部屋に上がるなり強く腕を掴んできた。
私は引き寄せられるまま、慣れた状況に逆らわずに流される。
「なんだ、呑んできたんだ」
「そうよ」
「…男と?」
「同僚。オンナノコ」
「ふぅん」
気のない声を返して、大きな歩幅は少しも躊躇わずに私を寝室へ連れ込んだ。
期待なんてしない。
これは、いつもの、展開。
不満なんて思ったこともなかったのに、1度想う気持ちに気づいてしまえばなにもかもが気に入らないと思うようになるのだから、不思議なものだ。
ああ、やっぱり。
やっぱりそういうことなのか、と。
彼が望む以上を求めない。彼を束縛しようとしない。彼にとって、ただ奪い尽くす対象としての私は、とても都合のいい相手なのだろう。
急いた熱い息と熱い体に支配されながら、諦観した私の心の温度はどんどんと下がっていった。
私が求めるもとの彼が求めるものは違うのだと、突きつけられた現実に眩暈がする。
こうやってまた熱の奔流に流されて、私はどこへもたどり着けずに、虚しい心だけを抱えてあっけない朝を迎えるのか。
息苦しさに耐えかねて背けた唇はすぐに追いかけられ、噛み付かれた。その執拗さに逃げ出すことを諦めた私は、彼の背中に回した指で襟足の髪を巻き込んで、自分から唇を押し当てる。
私が自由に息を繋ぐことさえ許さないのなら、いっそ唇から全部奪ってくれたらいいのに。
想いも何もかも。空になるまで、全部。
全部。
――けれどどうせ、あなたには何も伝わらないのでしょうね。
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