showcase 025 1/1
『lie lie lie』
「…まだ、好きだよ」
腕の中で彼女が言う。
「…もう、好きじゃないよ」
そう返して、俺は、僅かに身じろぐ小さな背中を抱きしめた。
きっと今、俺たちは同じ事を考えているだろう。
同じ事を考えていて欲しいと、少なくとも俺はそう思っている。
――互いを思いやるふりで、どれだけ互いを傷つけられるものか、と。
窓の外では、いくらか温んだ風が雲を流している。
冬枯れた枝は、芽吹きの気配を纏いはじめている。
季節が変わろうとしていた。
そして、君が変わろうとしていた。
離れていく前の刹那の時間、温んだ風に攫われるように、その心はもう此処にはない。
背中に回された腕が求めているのが、もう、俺ではないという残酷。
なあ、
その程度の嘘では、涙さえ出やしない。
どうせならもっと上等な、もっと完璧な芝居で俺を騙してみろ。
でなければ、一切取り繕わずに。
どうせ互いに、それを望んでいるだろうから。
彼は優しいひとでした、と。
別れた後でのそんな評価など、端から望んじゃいないんだ。
別れてしまえば、其処には何も残らない。彼女が新しく紡ぐ時間に、俺は欠片も存在しない。
想うことを止めた今、優しさなんてすぐに忘れてしまうだろう。
…そうやって、巡る季節の中に風化するなんてくだらない。
それならばもっと鮮烈に、もっと野蛮なカタチで、俺はこの恋の記憶を刻んでやりたい。
「…もう、好きじゃないよ」
繰り返す俺に、彼女は涙を浮かべてみせる。
思ったよりも上手な演技だと思いながら、俺は変わってしまった彼女を抱きしめる。
別れの茶番はもう暫く続くだろう。
互いを惜しむふりをしながら、互いを思いやるふりをしながら、想いを残さない彼女と、想いを残した俺の茶番は。
季節はもうすぐ変わろうとしている。
彼女はもう変わってしまった。
それならば俺は――変わらずに。変わらずに、ずっと彼女を想い続けようか。
変わらずにあることが、俺を傷つけて変えてしまおうとしている彼女を、何より傷つけるだろうから。
「…もう、好きじゃないよ」
「…まだ、好きだよ」
冷めた声で彼女が言う。
冷めた声で俺が返す。
逆さまになった互いの台詞に顔を上げた彼女の顔が、不自然に歪むのを俺は見ている。
「まだ、好きだよ」
ほらな。
俺が重ねた言葉に、彼女は泣きそうに顔を歪める。
――もっと、確実な痛みを。芝居ではない涙を。
おまえが気まぐれで愛した男は、離れて行く恋人を思いやって優しい嘘をつくような、そんな殊勝な男じゃない。
「これからも、好きでいるよ」
俺は笑顔で彼女に告げる。
“自分で傷つけた”という傷は、おまえの存在をより鮮明に俺に刻むだろう。
だからおまえも、忘れるよりも鮮明に、俺を憶えて行くといい。
俺を憶えたまま、変わる季節と共に行くといい。
――優しくなくても、好きでいるよ。
そうやって俺はおまえの中に刻まれるだろう。
数ある過去の男と同列ではない、“何か”として。
おまえが離れて行ったとしても、それだけの傷が残せるのなら、俺にはそれで十分だ。
-fin-
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