showcase 027 1/2




『いくつになっても』


 真夜中に転がり込んできた黒くて大きなレトリバーは、いつものようにソファの上に丸まって言った。

「ケーキ食いたい」
「…あ、そう」

 鍵の開く音と電気のスイッチがパチリという音に寝入り端を起こされた私は、灯りにしょぼしょぼする目をパジャマの袖で擦った。
 今夜も居座る気満々の様子の彼の手からジャケットを受け取って、ハンガーに掛ける。そこまでしてあげる必要はないと思うのだけれど、こうしないと翌朝にはだいぶくたびれた男が出来上がるのだから仕方がない。
 相変わらずな彼の所為で、私にはすっかり甘やかし癖がついてしまっていた。

「ケーキ食いたい、ケーキ」
「コンビニ行ってきたら?」
 ソファの上で足を折り曲げて、膝の上に頭を乗せる。
 彼の隣に同じポーズでころんと座ると、彼の方が膝の位置が高いなんていう当たり前のことを再発見してしまった。
「寄ってきたらよかったのに」
「ヤだ。カットされたのじゃなくてホールで食いたい」
 夜中にケーキでしかもホール?
 世の中のダイエット中のオンナノコによってたかってブーイングされそうなことを言って、彼はクッションを抱えて更に丸くなった。
 …どうしてこの男はいつも小さく丸まろうとするのだろう。窮屈じゃないのかな?
 それとも、無意識の甘えがそこに出ているのだろうか。
 世の中のオンナノコは小さくて丸いものに「可愛い」と言いたがるけれど、いい年してしかも大きな男が丸まっても「可愛い」なんて思わないけどなぁ。
 威圧感さえある見た目に反して甘えたがりの彼に、私は睡眠を諦めてしばらく付き合うことにした。
 力を抜いて、彼の肩にころんと寄りかかってみる。
 ――肩と頬に、ほんわりと伝わる温もり。さりげない接触は甘やかしの第一歩ね。

「なんでケーキなの?」
「なんで…って、甘いのをたくさん食いたい気分なんだよ」
 くっついたまま喋ると、体に直接声が響いてなんだかくすぐったい。
「あなた専用の棚にチョコとか飴とかのストックがあるでしょ?」
 甘党極まりない彼のために、私は自分用よりもずいぶん多くの非常食を用意している。
 それなのに、彼は「今日はなんか特別な気分の気がする」だなんて言う。一体どういうことだろう?
「なにそれ」
「だってもう日付変わったろ?」
 そう言って彼は私の顔を覗き見た。日付変わったろ、って…。

 ――あ。

 …そっか。
 そうだね、今日はあなたの大切な日だったね。
 彼の寂しがりはいつものことのはずなのに、どうしてだかいつも以上に構って欲しがって見えたのは――なるほどそういうことだったのね。
 私はひとりで納得して、随分近い位置にある彼の顔を見つめ返した。

「お誕生日おめでとうございます」
「思い出してくれてありがとうございます」
 明らかに「忘れてました」と顔に出してしまった私に、彼は「ああやっぱり」という顔をした。
「お前、去年も忘れてたんだよな…」
 拗ねた声でクッションに顔を埋めた頭を「ごめんねぇ」と撫でると、彼はそろりと上目遣いで、
「な、早くケーキ作って」
 なんて言いだした。「卵と小麦粉くらいならあるだろ?」って。
 そりゃぁスポンジケーキくらい作れますけど、今からっていうのは、ねぇ…。
「この間ハンドミキサー買ってやったじゃん」
「…こんな夜中に、ご近所迷惑でしょ」
 あれは今日のための伏線だったのね…なんて思わず脱力してしまった私に構わず、彼は小さな目が精一杯大きく見えるような上目遣いで見つめてくる。
 ――その可愛いんだか可愛くないんだかわかんない上目遣いで、私がほだされるとでも思っているのだろうか。
「なぁ」
 いつもより少し高めの声が私を呼んだ。
 …思ってるんだろうな、これは。
 でも、そんな風に乞われたって、寝る態勢の整っている私にやる気はまったく湧いてこない。いくら誕生日だからと言っても今日はまだ始まったばかりだし、どうせ作るなら生クリームとか苺とか、材料の買い出しにも行きたいし。
 だから。




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