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BGM#03
平日休みの午後を贅沢に過ごしたいと言ったふたりのために、私はカフェロワイヤルを淹れた。
カウンターの照明を落として、ブランデーの滲みた角砂糖に火を点す。
青く揺れる炎にふたりは大はしゃぎをし、携帯のカメラで写真を撮り合って、カメラマンとしての互いの素質について5分ほどの間言い合っていた。
週明けの午後、使用中のカップは2客のみ。
私は中途半端に暇な時間を持て余している。
――ブランデーケーキでも食べたいなぁ。
カフェロワイヤルの甘い香りに触発されて、そんなことを呟いてみる。
ドライフルーツを沢山入れて焼いて、切り分けた面に、砂糖漬けのチェリーの赤が見えたら上出来。
個人的にはラムレーズンも沢山入れたいのだけれど、入れすぎて違うケーキになりそうだからそれはやめておこうか…。
「試作品っ! 試作品っ!」
「おごりっ! おごりっ!」
私の声はぬかりなく拾われていたらしい。
アルコールは飛ばしてあるはずなのにどこかぽへっとした顔で彼女が言うと、追随して彼も囃し立てる。
あいかわらず仲がいいねと言うべきか、ノリが一緒でいいねと言うべきか――
「お持ち帰り用店頭販売価格1箱1本入り1050円、常連割引5%OFFくらいで、どう?」
「もう一声っ」
「…常連割引7%OFFっ」
「みみっちぃ…」
「……あーもうわかった、10%OFFでどうだっ!」
「よし買ったぁっ!」
私はすかさず電卓を弾いて、レシピノートに『レーズンはやっぱり控え目』と書いた。
カフェのケーキは大量生産ができるわけではないので、価格面で大きく譲ることができない。
客としての視点とカフェ寄りの視点とを持ち合わせるふたりの存在は、非常にありがたいものだった。
「来週あたりには店に並ぶようにしておくから」
「…それは、来週また来いと、」
何か言いたげな彼に含み笑いを返して、私は「賞味期限間近のものでもよければ」とカウンターの中からマドレーヌを取り出した。
本来ならば私や1階の雑貨屋の店員たちのおやつになるものであって、お客に出せるようなものではないけれど。
柑橘好きのふたりにオレンジキュラソーを効かせた焼き菓子はたいそう好評なので、ささやかながらお礼のつもりだ。
今日のBGMはピアノソロ。
心地よい音と香りの間に揺蕩う贅沢。
――個包装の包みはふたつ。なのに、ほとんどが彼女のお腹に収まった。
彼女の鞄の中には彼の財布が間借りしている。
紙幣は彼の財布から、スタンプカードは彼女の財布から。
それはこのふたりのみならず、カフェではわりとよく見かける光景だ。
金額ではなく通ってくれた回数が増えるのを嬉しいと思うから、スタンプはグラスやカップの数に応じて押している。
使い込まれて角の多少よれたカードに、私は、カップの形を模したカフェ特製のスタンプを押した。
階段脇の吹き抜けから、雑貨屋が賑わい出した音が聞こえる。
そろそろカフェも忙しくなるのだろう。
彼女に上着を羽織らせながら、彼が言った。
「…機嫌直った?」
「……うん」
おや。喧嘩してたのね?
人の関係というものも、言ってしまえば珈琲豆と同じだ。
毎日同じようでいて、その状態は毎日違う。
小さな変化に気がついて、それを拾い上げられるようになれれば上出来。
手を繋いで階段を降りていくふたりを見送りながら、仲直りのきっかけにされるのもいいものね、と私はひとり頷いた。
BGM : 妹尾武 『珈琲ワルツ』
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