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BGM#04


 待ち合わせの時間よりも早く彼女は店を訪れて、カンウター席に腰を落ち着けて本を読んでいる。
 彼女のブックカバーは1階の雑貨屋で買ったもので、私も愛用している肌触りの優しいリネン。
 佇まいは落ち着いて見せているけれど、カップに移ったグロスや纏った甘いフレグランスが照れを含んだ高揚を代弁していて、見ていてとても微笑ましい。
 ――ほんっと、オンナノコって可愛くっていいよねぇ?

 休日の今日はお客の回転が早く、彼女はその気配になかなか気づかないでいる。
 唇の前に人差し指を立てた彼は、悪戯な目を輝かせて私を見て、それから彼女の肩越しに文庫本の文字を追った。
 私は何も言わずに、冷蔵庫からオレンジとグレープフルーツを取り出してナイフを入れる。
 いつもの生絞りのジュース、彼のオーダーは訊かずとも分かる。

「後ろに立つのはやめてってば!」
 ようやく気づいてもらえたらしく、彼が彼女に怒られているのが聞こえる。
 背後に立たれるのを苦手とする女性は多い。
 相手が異性であれば尚更だ。よほど気を許している相手でないかぎり、無防備な背中を晒すことはなかなかできない。
「警戒されてるんじゃないですか」
 私は彼の前にお冷とコースターとグラスを置いた。ついでに冷やかしも投げてみる。
「緊張されてるだけですよ」
「あら、じゃあ、初々しくていいですね?」
 シュガーポットの隣には、カウンターだけに置いてあるこんぺいとうの小瓶。
 彼は蓋を開けてこんぺいとうをつまみながら、「でしょ?」と笑った。

「でしょ、じゃない!」
「…否定はできても反論はできないよね?」

 いつものことだが、彼の方が一枚も二枚も上手。
 図星を指されて赤くなる彼女に、彼と私は声を揃えた。
「「かーわいーい」」
 気が合いますね、なんて一緒に笑ってみたりして?
 すかさず「あげませんよ」と言う彼に、彼女は耳まで赤くして開いた文庫本で顔を隠した。

「カウンターの中だと背後を取られることもないから安心ですね」
「まぁ、私はそんなに気にしませんけど」
「そうやっていつも余裕がありそうなのを見てると、試してみたくなっちゃいますよ?」
 彼はストローの端を咥えながら、その特徴的な目で私を見る。
 どちらかといえば私よりも彼の方が飄々としていると思うのだけれど、どうだろう。
「ドキドキはしないでしょうね、ええ」
「…どうして?」
「だってあなた、私のものじゃあない人ですもの」
 そこで彼女がパタンと音を立てて文庫本を閉じ、私を見た。
「あげないよ?」

「「かーわいーい」」

 私と彼はまたしても声を揃えた。
 ほんっと、オンナノコって可愛くっていいよねぇ?
 笑い転げる私たちを前に、彼女だけがぷりぷり怒っている。
「まぁまぁ、ここは甘い物でも食べて落ち着いて」
 私はこんぺいとうの瓶を開けて、カラフルで小さな星を彼女に差し出した。
 そもそもは私の仕事中の口寂しさを紛らわせるためのものなので販売はしていないのだが、ふたりはこれがお気に入りらしく、いつもカウンターに座りたがる。
「これ頂戴、できれば瓶ごと」
 いつもの彼の台詞に、私は「あげないよ?」と返して笑う。

 惚気話を聞かされるだけなのは勘弁願いたいが、目の前で惚気られる分には特に構わない。
 カフェという形態上、マスターである私だけが提供する側のように感じられるのだが、実際はそうではない。
 それを感じられた時、私はとても嬉しく思う。

 一緒になってこんぺいとうをつまみながら、私は「ごちそうさま」とふたりに笑んだ。


BGM : Skoop On Somebody 『You are so beautiful』




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