showcase 034 2/4




「甘いの食べて、落ち着いてくださいね」
 マスターはそう言って、テーブルに手際よくグラスやカップを並べた。
 珈琲と一緒に届けられたケーキのプレートには、苺でデコレーションされたミルフィーユが乗っている。
「コレは?」
「うん、コレ俺の戦利品」
「戦利品?」
「ちょっとね、マスターに勝ったんだよね」
 彼はそう言って笑い、カカオのパイ生地に器用にフォークを刺していく。クリームにも苺を使っているのだろうか、生地の隙間からは綺麗なピンクが覗いていた。
 このカフェでは珍しいくらいに、ソースやミントで着飾ったミルフィーユ。
 ミルフィーユは彼の好物だ。
「お仕事大変そうですね?」
 サービスだというそれのお礼を言うと、マスターは丁寧にミルクピッチャーも新しいものに換えてくれた。
 マスターはオブラートのような人だ。一度触れれば、好意を隠さない。
 ――私は多分、マスターと正反対のところにいる。

「…私は『嫌い』が隠せないんです」
「そういうところ、あんまり要領よくないんだよね」
 彼が頷いた。
 確かに私自身そういった自覚はあるし、「もう少し上手く立ち回ればいいのに」とよく言われているのだが、生まれ持った性格というものはいかんせん簡単には修正できないものなのだった。
 彼はまたミルフィーユを一口頬張り、目を細めて私を見た。
「そうだね…彼女は、このミルフィーユに、似てるかな」
 彼は見つめることを躊躇わない。
 私は頬張る寸前だったフォークを一旦宙で止め、どうしたものだかと一瞬迷ってから、それを口へ運んだ。
 ――ほとんど甘さの感じられないカカオの生地の、その苦味の間に香る、苺の甘酸っぱさ。
「『嫌い』で『好き』を挟んでる、といったところなのかしら?」
 マスターが私を見る目は優しく、彼の目は、時折鋭く私を射抜く。
「そうそう。『好き』って隠してるつもりかもしれないけど、実は結構見えちゃってるところとか?」
「……」
 隠しているつもりも何も、私にはそんな自覚はない。
「扱いは少々難しいんだけどさ、」
「なによ」
「クリームの甘さを見つけた時はとにかく嬉しいんだよね」
 彼の目が優しく笑む瞬間、くすぐったい感覚に襲われるのはどうにかならないものだろうか。
「…って、惚気られてますよ?」
 思わずそっぽを向いてしまった私に、マスターはいたずらな目でくすくすと笑う。
「どこが」
 私は甘いものに例えられるほど可愛らしい人間ではない。けれど彼には、そうとは見えていないらしい。
「ほら、そういうとこ可愛いよね」
「……っ」
 悪態をついてもいつも軽くいなされる。
 私は膨れて、ミルフィーユにフォークを突き立てて――生地から盛大にはみ出してしまったクリームを前に、更に黙るしかなくなってしまった。
 …そもそもミルフィーユはデートの時に食べたくないものランキングの上位に位置しているはずだ。難を逃れた苺が「ほら見たことか」と哂っている気がする。
 無残な私のプレートからクリームを掬って、けれど彼は楽しそうにそれを口に運ぶ。
 私はそれを、逸らした目のまま窓のガラス越しに見て、ゆっくりと息を漏らした。
 オレンジ色に染まった外の景色を、安堵というぬくもりで更に彩るような、そんな吐息を。

 彼は『好き』を隠さない。
 私は『嫌い』を隠せない。
 彼は『嫌い』を上手く隠し、私は『好き』を上手く言えない。
 カフェの片隅で攻防戦を繰り広げる私たちを評して、マスターは「絶妙なバランス」と言った。
 甘い香りをさせているのはいつだって彼の方なのに、苦味ばかりの私を「甘い」という彼を――私は心のとても深いところで、憧れに似た切なさで想っている。




  back
  next

  showcase
  menu
  home