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「嫌いだよ」
『うん』
「嫌いなんだよ」
『うん』
「なんで私だけのものじゃないの」
『…それは、さ、』
 ――苛めると、いつもより少しだけ素直になってくれるから。
 “嫌い”で押しつぶされた私の心からは、残った“好き”が滲み出るのだと彼は言うが、私には上手く理解できない。
『さっきは随分ひどい顔をしてたけど、今は随分甘い顔をしてるよね』
「知らない、そんなの」
 鏡を見せられたとしても、私はきっと、自分自身の甘い顔なんてわからない。甘い顔というものなら、私は彼のことしか知らない。
 好きだとか嫌いだとか、そんなことは別にしても、彼が私の中に大きな存在としてあることを、否定することはできない。
『ねぇ、今どこ?』
「…カフェの前」
『じゃあ、すぐに追いつけるよ』
 ――早く見たいな、その顔。
 彼の中に、私はどんな存在としてあるのだろうか。
 途切れた通話を知らせる音は、鼓動のように足音のように、立ち尽くす私に迫り来る。



「また、そうやって」
 カフェの軒下の少しだけ風の凌げる角で、私は彼と対峙した。
 彼は私を見るなり、顔ではなくマフラーを気にしている。
 きっちり巻けば寒さも減るというのに、いつも私は同じようにマフラーを緩く巻いて、結局彼の手を煩わせる。
 ――緩く巻いたマフラーの、その上に髪が無造作に広がるのが好きだと彼が言っていたのを、私はずっと覚えている。
「あの人のマフラーも、こんな風に直してあげてたの」
「…こんな風に嫉妬してるのがさ、いちいち可愛くって好きなんだよね、俺は」
 彼は、私がなんとなく居心地が悪いと感じてしまう時のあの顔をしている。
 見つめることを躊躇わない彼は、私が含んだ僅かな雑味まで見透かしてしまうのだろうか。
 そうやって見透かされる私がよほど単純なのだろうか。
 窓ガラスに映った私たちの姿は半透明で、そのどちらとも窺い知れない。
 マフラーを直した手で彼は私の手を乱暴に取り、何も言わずにポケットから取り出した指輪をはめた。

 私は、楽しくて笑顔でいるばかりではなく、その笑顔の裏で傷付く彼がいることを知っている。
 隠すことが上手な所為で、彼が時に辛い思いをすることを知っている。
 わざと外していた指輪を私の指にはめ直す、その行為には私以上の独占欲を思わせる。
 嫌いと好きを幾重にも重ねて、出来上がった、私たちのミルフィーユ。
 私が泣いたような気もするし、彼が泣いたような気もする、今夜、たかが1時間半の攻防戦の結末は――

 彼のポケットで温もりを得ていた指輪と、冷たいまま繋いだ私の指と、彼の指。
 次第に大きくなる雨、忘れてしまった傘、私のマフラーに埋もれた彼の顔、その重みをあずかる私の肩。
 通り過ぎる車のヘッドライトは私たちのところまでは届かず、雨音のカーテンが私たちをふたりきりにする。
 肩の上には、好きをすぐに表に出す彼が、なかなか表に出すことのない、泣く直前のように歪めた顔。
 彼は繋いだ指に力を込め、長い溜息をひとつはいた。
 私の名前を呼ぶ、彼のその一言が――何よりも強く、私の心を温める。

 憧れていた恋とは違うけれど、私が彼を望むように、彼もまた私を望んでくれているのなら。
 ――今、彼の矜持を保つものが私だけだと言うのなら、私はとても簡単に愛していると囁ける。


 -fin-


[creator's theme : 最低。愛してるけど]
10sites joint project 『君を恋ひぬ日ぞなき』vol.2
deviser ヒロコ@【五鍵】




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