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『風惑う朝、止まり木の夜』


 かけた電話は、珍しく繋がらなかった。
 いや、繋がらないのは別に珍しいことじゃない。
 アイツはすぐに電話に出るとは限らないし、出られそうな時間を見計らっても大抵伝言モードで、どっちかと言うとメールの方が早く連絡が取れたりする。ちょっと意味不明なオンナだ。
 …なかなか電話に出ない俺が言うのもなんだがな?
 けどアイツは「電波がないと生きていけない」とでも言うような今時の世の中にありがちな通信中毒で、常に充電キットを持ち歩いているから、今日に限って電池切れというオチはない。多分。
 目覚まし時計じゃ起きないくせに携帯電話のバイブレーションには敏感だから、寝オチしてるっていうオチはない。これは絶対。
 さっきから小1時間、何度かけても、繋がるのは愛想のないアナウンス。
『おかけになった電話は現在――』
 現在、どんな山奥にいるってんですか?
 と言ってもアイツはインドア派だ、そんなとこまで行くわけがないし、そもそもそんなに体力がない。
 この間電話した時に今日は休みだって言ってたけど、特に予定が入っているような素振りは見せなかっただろ。
 …ま、俺の休みの予定となかなか合わないから、なんて拗ねる素振りも見せちゃくれないけどな、アイツは。
 仕方がないので俺はお手紙ならぬメールを書いた。
『お前、今どこ』
 さっきの手紙のご用事なぁに、じゃねぇが、携帯の電源切ってどこ行ってんの。彼氏が暇してんぞ、なぁ。

 たまの休みは突発的にやってきて、出かけるつもりで身支度を整えていた俺は、行き場のないもやもやとした気分を抱えることになった。
 せめて昨日の晩のうちにわかってたら、昼まで寝るなりなんなりと、リフレッシュという名の自堕落な今日を迎えられたのになぁ?
 朝メシは珈琲を淹れただけ、しかもアイツが置いていった美味い豆の、最後の1杯分。
 最近仕事続きだったから冷蔵庫の中にはろくな物が入っていないし、補給部隊だなんて言いながらそのあたりを上手くフォローしてくれてたアイツとも、暫くご無沙汰だ。
 その仕事から解放されて、ぽっかり時間が空いたからだろうか。それともこの久々の“ひとりでいる”という状況のせいだろうか、俺は妙にアイツの声が聞きたくなった。
 久々ってどのくらいの久々だ? その辺ちょっと記憶が曖昧だ。…って、おい待て、それはマズイだろう。
 久々にひとりでいる、というのよりも、久々にふたりでいる、という状況は暫くどころかかなりご無沙汰じゃねぇの?
 気がつけば、放っといて悪かったなとか、罪悪感というかなんというかに苛まれる俺。
 この間一緒に見たテレビは確か鍋特集で、俺はビールを飲みながらアイツに食べに連れてってやると約束をした。だけど、連れて行けたかっつったら答えはノーだ。
 寂しがらせたりとか、そういうことを――アイツはそんな素振りは見せないオンナだけど、きっとさせてしまってるよな、こりゃ。でもそこんとこよく許してくれてるよな?
 俺はアイツの我が儘らしい我が儘なんて聞いたことがないのに、アイツは俺の我が儘をよく聞いてくれてるし、よく相手にしてくれてると思う。
 懐が深いというか、情が深いというか。気立てがよくて愛想もいい。って褒めすぎ?
 ああ俺ってサイテーじゃないですか。そんでアイツは最高の彼女じゃないですか。俺が言うのもなんだけど。
 ――そんなことを考えてたらすごく会いたくなっちゃったのよ、なんていう本音は恥ずかしいから罪悪感ってことにしとけよ、な。

 朝食兼昼食というわけでもない単なる腹ごなしのコンビニのパンは、たいして美味しいわけでもないが、もやもやっとやる気のない俺には手軽さが1番の味方だった。
 そう言やアイツがポイントシールを集めてた、…ような気がする。うん、ちょっと剥がして取っとくか。
 ろくに拭かれもしていない窓の外は、それでも綺麗な青空が見えている。コンビニまでの道も春の暖かい風が吹いていた。ドライブしたらさぞかし気持ちいいだろうね。
 でも、助手席に乗せたいアイツからはまだ連絡がない。
『おかけになった電話は現在――』
 発信履歴のはじめの1ページには、今日の日付で、上から下までアイツの名前。
 アナウンスはそろそろ聞き飽きました、っつーかそろそろ胸騒ぎ。なんだこれ、今までこういうことってあったっけ?
 電話をかけ始めてから数時間。俺はコンビニに行ってきただけだけど、だいぶぼーっとしてたから、映画1本どころか2本観れるくらいの時間は経ってしまっている。
 通信中毒ってだけあって、アイツは文字の向こうの空気を読むことにも長けている。だから送ったメールに反応がない、っていうのがとにかくオカシイ。普段なら短文なりでも返信があるんだけどな。
 欲しい時に的確なフォロー。俺が凹んでいる時に、どっかから見てるんじゃねぇかってタイミングで届くアイツのメール。
 くだらない内容に癒される、そんな日々が特別ではなく習慣化してしまっていることに今更ながらに気がついて、俺は焦る。
 ――細かく気を遣ってくれてるのに、そんな素振りなんて少しも見せないで、なんでもないような顔をアイツはするから。
 もしかしたら、なんでもないような顔をして、アイツはアイツなりにいろいろ考えてたのかもしれない。例えばこの――最低な彼氏と別れた方がいいもんか、とかなんとか…なんとかかんとか…。
 ……。




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