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「お前今度は何だ、何だ何だ何だ!?」
『何だ何だって…大丈夫、何でもなかったから』
「何でもなかったじゃねぇんだよこのバカが!」
 アイツと病院という組み合わせに、誰かの見舞いという要素はほとんどセットにならない。俺は経験上よく知っている。
 アイツは身体が弱いというわけでもないが、体力がないのを気力で補おうとするフシがある。てことはつまり、気力が尽きれば体調を崩すわけだ。そりゃそうだわな?
 でもアイツは体調の悪さを周りに悟らせない。俺にさえ悟らせずに、勝手に病院に行って検査やら治療やらを受けて帰ってくる。つまりはいつも事後報告。
 アイツに言わせれば、事後報告は決してよそよそしいのではなく相手を――この場合は俺のことだが――を思うが故のこと、らしいんだが。
 結果が出る前から心配するのは当事者である私ひとりだけでいいじゃない、とかなんとか。そこで変な気を遣うわけだ。普段は美点でもこんな時はちっとも美点じゃない、その性格でもってさ。
 黙ってていい時とそうじゃない時があることくらい、いい加減わかれバカ。
「…お前またひとりで承諾書が必要な検査とか受けてきたんじゃねぇだろうな」
『…でもなんでもなかったし』
「でもじゃねぇっつってんだよ!」
 案の定とはこういうことだ! 毎回毎回汲み取る俺の身にもなれ!
 結果が出る前だからこそ一緒に心配してやりたい俺は無視か。俺のそういう気持ちは無視か、なぁ!?
 なんでお前と腹の探り合いみたいなことをしなきゃなんねぇの、俺って一体お前の何なの。
 何度言って聞かせても直らない、頑固なアイツの悪い癖こそ注射1本とかで治ればいいと俺は思う。そんなんだったらいくらでも病院に行かせてやる。保険適用外でも許してやる!
 心細い時にこそ一緒にいたいと思うのは俺だけか、女々しいのはやっぱり俺の方だけなのか?
 さっきまでの心配とはまた違う心配を急に強いられて、でもそれをくだらないと一蹴される、俺のこの気持ちをどうしろと?
 あああアイツむっかつく!
 そりゃあ可愛いけど大好きだけど、それとは別問題でアイツやっぱりむっかつく!

『…ねぇ、お腹空いたよ』
「知らねぇよそんなもん!」
 俺はとにかくムカついてるんだ。すごく会いたくなっちゃったのよ、なんて今更言うような気分じゃねぇ。
『だって朝ごはん抜きだったんだもん、それで今までかかったんだよ。待ち時間が長いとそれだけで参るよねぇ』
「……」
『ねぇ、ご飯食べた?』
「……」
 でもそこんとこ、アイツにはお見通しらしい。と言うかもう慣れてんのか、こういう時の俺の対応に。
 機転が回るのも考え物だな。いや始めから想定してたのか、どうせバレるんだからそしたらこんな風にフォローしよう、なんて。
 ……。
 ああ、なんてオンナだよお前は。性質悪いよ、ホント。
 だって俺、その通りに動いちゃうだろ。情けないんだけど、ホントに。
「メシならまだだけどな、…」
 腕時計は午後2時を回ったところ、首を伸ばして見た窓の外は雲がすっと刷かれたような青空。
 猫撫で声のくせに妙に抵抗を感じさせない、アイツ独特の喋り調子に俺は弱い。ああ弱いともさ。
『いいお天気なんだよ、外にご飯食べに行こうよ』
「…迎えに行くか?」
 がばちょとソファーから起き上がる俺。何言ってんだ、まんまとアイツに乗せられてるじゃねぇか。
 だらしないとか言うなよ、惚れた弱みって言えよ、なぁ。
 どうせ俺はアイツに巧いこと転がされてる。なんでもないような顔をして、そんな素振りも見せないで、でも俺を巧いこと、少しの抵抗も感じさせずに誘導してる、マジシャンみたいなアイツに。
『今、家?』
「そ、家」
 アイツは『じゃあ今からそっち行くね』なんて言ってぷつりと電話を切ったんだけどさ、俺の方はそうはいかずに、耳に残ったその柔らかな声を反芻している。
 目を閉じると、抱き寄せた時に甘く香る首筋だとか、尖らせた唇だとか、時々噛みついちゃったりする小さい歯だとかがフラッシュバック。
 …ああやべぇな、俺、食事の前にお前を食っちまうかも。だって久しぶりなわけだし?
 でもそれは俺のせいじゃなくてお前のせいだから。そういうわけだけど一応先に謝っとくな、ごめん。
 テーブルに置いた俺の携帯は充電中の赤いランプが点いている。
 俺本人だって電池が切れそうなの。でもそれももう少しの我慢らしいから――だから早くおいで。な?




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