showcase 035 4/6
俺はコイツの思惑通り、でもコイツは俺の思惑通りというわけにはならなかったのは…もしかしていつものことか?
チャイムに急かされて玄関を開けた先、風に流されて入ってきたのはいつもの甘さとは全然違う――嗅ぎ慣れなくてつけ入る隙を与えない、消毒薬のにおいだった。
病院帰りらしく小さな絆創膏を貼った手で、お前は後ろ手にドアを閉めた。
普段のコイツからは決して香ることのないそれに途端に湧き上がる不安、思わずキツめに抱きしめてしまった後で、俺は我に返る。
「オオカミめ」
腕の中で、お前はそんなことを言った。
「お前、泣かすぞ」
自分で抱き寄せといてなんだが俺はコイツを引き剥がし、俺よりも低い位置にある頭を小突いた。一瞬で脹れる顔に、なぜだかほっとさせられる。
携帯越しじゃない声にはちゃんと体温が付随していて、僅かに痩せた気のする身体も、痛々しいと感じるほどではない。
寧ろキラキラと感じる目元に、くるくるとよく動く瞳。楽しい時のコイツの特徴が今日はよく顔に表れている。
…うん、思ったよりも元気そうじゃねぇか。
「ね、結構元気でしょ? 早く行こうよ、日が暮れちゃうよ」
「お前なぁ、」
「お腹空いたんだってばー」
「…色気より食い気か、どうせお前はそんなもんか」
溜息が出たのは、疲れが出たとかそういうわけじゃなくって、コイツがいつもとちっとも変わらないからだ。
過ぎたことはまぁ仕方ない。一部釈然としないが仕方ない。うん。
説教されても仕方ないのはコイツだって重々承知、でも説教なんていつでもできるしな。
いつもと変わらないコイツは今俺にいつもと変わらない反応を望んでいる。それくらいわかるんだ、だって彼氏なんだから。
「ご飯ご飯」と騒ぐ口に飴を放って、俺はポケットの中のキーを確かめた。
コイツの笑顔は俺を和ませる。
多分俺も、コイツにつられていい顔してんだろうな、今。
「ん、いちごみるく味だ」
「なんか遠足気分出るだろ、それ」
外は春の行楽日和、助手席に乗せたいヤツの手は俺の手のひらの中。どこまで攫って行ってしまおうか、考えてるだけでも楽しいね。
消毒薬の嫌なにおいは俺も好きないちごみるくのにおいになったから、ドアを開けて出る前に、とりあえず。俺にも労いをひとつ。
かろんと小さく飴を鳴らした、唇だけでもごちそうさま。それくらいご馳走してくれたって、バチは当たらねぇだろ。な?
窓を開けて走るにしては、まだまだ肌寒い夜の帰り道。助手席には満足した顔のお前。
行きと同じ道をたどって帰ってきたのは、ゴールデンの帯番組が終わる頃の時間だった。振り返ってみれば、今日はとっても普通のデートだった。
お前の希望通り、俺はショッピングモールの周りの賑やかな一帯に車を走らせた。ドライブがてら、ちょっと遠回りの海沿いなんて経由して。
立体駐車場のブロックナンバーを忘れないようにメモしようとした携帯を奪い、番号がペイントされた柱と一緒に俺の写真を撮って渡すと、ひとしきり笑ったお前に「バカだねー」と言われたり。
煩いよ。和むかなと思ってやってんだよ、いいだろ俺だってお気遣いさんなんだぞ。
目についた適当な店で、目玉焼きの乗ったハンバーグなんて頼むお前。ついでのサラダ。食べきれない分は俺の皿に勝手に乗せる。
服屋を覗いて雑貨屋を見て、結局何も買わずにぐるっと一周。
通りかかったカフェで食後の珈琲と、その上デザートまで食べたいと言ったお前に付き合って、俺も同じものを頼む。
しかしそれだけでは飽き足らず、散歩の途中、道売りのキャラメルポップコーンに惹かれたお前に引き摺られて、俺は結局それも買う。
帰りの車中、半分まで食べたところで、ふたりして甘ったるい匂いに辟易したのは…まぁ、想像に難くないわな。
今日の俺はお前にだいぶ甘かったと思う。うん、俺もいろいろ反省したからね。
風呂で温まってくるわ、という俺の言外の誘いにお前は首を横に振り、少し横になってるねと笑った。食べ過ぎの腹は確かに少しぽっこりしているけど、俺は別に気にしないのに。
「寝ちゃってたら、起こして」
テレビを見ながらそんな風に言ってたお前は、予告通りにソファーの上だった。自分用にと置いてあるクッションを、ちゃんと枕の代わりにしている。
消されたテレビのリモコンはローテーブルに、それから脇に添えられたお前の携帯。
硬い物の上に置く時は、バイブレーションの響きを軽減させるために畳んだハンカチの上に携帯を乗せる、そういう気遣いがお前の癖だ。
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