showcase 035 5/6
――携帯が出てるってことは、アレを更新したな?
俺はそこからそっと離れて、壁際の机に置いてあるノートパソコンを起動させた。ブックマークから呼び出すのは、お前のブログ。
今や説明するまでもなく広まっている、俺もなんとなく続けているネットワーク上の日記を更新するのが、お前の夜の日課なのを俺は知っている。
日記と言っても本当にプライベートなことは何も書いていない。これは閲覧している知り合いへのある種報告書のようなものであって、不特定多数への見せ物になるためのものではないとお前は言う。俺もその意見には賛成だ。
そのスタンスは当初から崩されることなく、だからお前はここ数日の体調の変化についても、一言も触れていない。今日の結果だってそうだ。
今日の記事は――外食してきました、それが美味しかったので幸せです、といった当たり障りのないものだった。
誰と、だとか、何処で、だとかは一切記していないのに――短文に添えられた写真の奥、わざとらしく見切れている、俺の分のカップ。
それは、お前の生活の中に、ちゃんと俺が存在しているという証。
「…ほんっと、バカなヤツ」
人の多いところではあんまりくっついたりしないのに、今日はほとんど俺の腕にくっついていたお前。その体温がどうにもくすぐったかったんだぞ、なんて言ったら、お前は笑うかな。
普段のお前が嫌がる風な、何してんだあのバカップル、って。絶対思われてたと思うぞ?
緊張から開放されたのだろう、息を詰めていた分を取り戻すようにいつもよりも饒舌になっているところだとか。俺が傍にいることで安心しているような、水を吸って解れていくおもちゃのタオルのような、本人はそんな気はないんだろうけど、だだ漏れになっちゃってるはしゃいだ心の動きとか。
そんなのが全部俺が隣にいるせいだって、わかっちゃうから、くすぐったいんだって、さ。
俺にとってのお前の存在なんてのは今更語るものでもない。肝心なのは、俺がお前の中でどういう存在としていられるか、ということだ。
タオルでがしがし頭を拭きながら水を飲みにキッチンへ向かうと、さっきまでの甘ったるいキャラメルの匂いは、ビニール袋に仕舞われて軽減している。
――いつの間に、と思うようなことを俺の知らぬ間にやってのけては、いつでも知らんぷりなお前。
お前に俺の知らない日常があるのは当たり前のことだ。
その中でお前は日々成長し、少しずつ強さを身につけている。時に傷ついたとしても、やり場のない感情をも自分の中で昇華していく術を知る。そうやって、ひとりで長く歩けるようになっていく。
でも――疲れた時に、人には寄りかかれる何かが必要なんだってこと、お前はちゃんとわかってんのかね。
俺にとってのお前が、そういう大事な存在なんだってことも。
心配事がひとつもない人間なんて、行き詰まることのない人間なんて、いるはずがないんだ。
不安を抱えるからこそ強くなろうする、それが人の姿ってもんだろ?
心配事は全部ひとりで抱えこもうとする、不安ではなく安心だけを与えようする、思い過ぎて気遣いの過ぎる、それがお前の性――そんなのは承知の上だけど。
端的に言うよ、俺はお前に必要とされたい。
当たり前だろ。支えられてる分、支えてやりたいと思うんだよ。
我が儘を言えばもっとたくさん、俺がいなけりゃなんてお前が思うくらいの、必要不可欠な存在になりたいさ。当然な。
だから、今日みたいな、あんな姿を見せられたら。強がる顔に相反する、無防備な素の顔を見せられたら――抱きしめてやる以上に、してやりたいことなんてない。
小さく寝息を立てるお前の、軽く握られたその華奢な手を――守るのは、俺だけの特権だって。
たまには自惚れててもいいだろ?
だから、俺を嬉しがらせるようなこと、ちょっとでいいから思わせといて。それって結果的にはお前も嬉しいんだから。絶対。
お前は機転が利くし空気を読むのにも長けてるし、だからきっと、気持ちを推し量ることだって、できてしまうだろうから。
だから俺は、今夜はもう、何も言わないでおくことにしよう。
案外押しに弱いお前なら知ってる。でも今夜は敢えて、そういうのはしないでおこうな。
お前が穏やかな気持ちでいられるように、柔らかな寝顔でいられるように、俺は。
何も言わないで、ただ、傍にいることにするよ。
そういうことにするから、お前も何も言わなくていい。ただ、くっついていたいと思った分、思う存分、お前の好きにしたらいい。
新しいのを一緒に選びに行く約束をした、座り癖のついたソファーは転寝に適さない。
どうせすぐに起きてしまうんだろうけど――こんな機会でもなければ、おとなしく抱っこなんてさせてくれないからな、お前は。
彼氏の役得ってヤツで、起きようにも起きられない、逃げるに逃げられない状況を作ってやろう。
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