showcase 036 1/1
『midnight rain』
深夜料金のタクシーのメーターは、驚くほどの速さで緑の光を変化させた。
黄色く点滅する信号の下を潜り抜け、運転代行と同業者しか走っていないような道を、無口な運転手は走り続ける。
アルコールの入った体に、不思議と眠気は襲ってこない。
普段座り慣れない後部座席というものは意外に居心地が悪く、日が落ちる前から降り続く雨が窓を叩くその音が、ボリュームを抑えたラジオの、DJの声を掻き消していた。
街灯を映してきらめく道路、絶え間なく落ちる雫の先に、目的地はある。
曇り止めのためにと強めに効かせたクーラーに、携帯電話を握り締めた手は熱を失いつつあった。
――泣きそうな声で電話をかけてくるなんて、反則だ。
会いに行く予定なんてなかった。
ひとりで気ままな夜を過ごそうと思っていた。
だから何をするでもなく、冷蔵庫とテレビの間を往復するだけの幸せに浸っていたのに。
タクシーは時折大きく揺れ、そのたびに足元に置いた傘が膝を濡らした。
気の抜けた服は一応あらためてきたものの、この雨を前にして、さして意味を持たなくなっている。
溜め息をつくと運転手が怪訝そうにするから、代わりに携帯電話を握り締める。
電池残量は心許なく、指先もかじかんでいるから、小さく整列したボタンを押すことさえままならない。
たぶん、なんでもないことだ。
いつものようになんでもないことで、なんでもないくせに大げさに振舞うのが癖だって、嫌というほど知っているのに。
着く頃にはきっと、けろりとした顔をしているはずなのに。
涙を降らせる前の揺らぎを、電波の向こうに見た気がした。
それだけのことなのに。
後部座席にくだらないけど大切なことを乗せて、深夜料金のタクシーは、驚くほどの速さで雨の中を走り抜ける。
-fin-
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