showcase 037 1/2
『すきより』
今年もカフェの繁盛と、それから「お客さんにも幸あれ!」なんてちょっといい人っぽっく願い事をして、お守りを買って、てくてく歩いて店へ戻る。
マフラーが風になびく道、川沿いの桜はまだ蕾の気配さえ見せない。
足早な人たちとすれ違うたび、「こんな日はジンジャーブレンドをタンブラーに…」なんていう売り文句はどうだろうなんて考えて、仕事の日常化は改善した方がいいだろうかと少し思う。「いやライフワークだからこれは」、なんて誰に向けるでもない言い訳も一緒についてくるのは性格だ。
マンション脇の自動販売機で缶ココアを買いポケットに入れると、先客のキーケースと小銭がちゃりんと鳴った。
途中、馴染みの本屋に寄り、取り置きをお願いしていた雑誌を受け取ることにする。商売柄営業時間が同じような店にはなかなか寄れず不便に思うこともあるのだが、ここのように年中無休で開けている店が近くにあるのは非常にありがたい。
レジ奥の棚には「予約!」と書かれた紙袋がうず高く積まれていた。年末年始の配達は休みになっているので、皆それぞれ受け取りにくるのだろう。
休みの日に買い物ができるのは、その日に働いている人がいるからこそだ。頑張る人には差し入れを。
請求書を書いてもらう間にポケットから出したココアを、店主が横目で見て笑う。
「まだ温かいよ」と言い置いて店のドアをくぐると、ちらちらと細かな雨が降り出したところだった。
うす曇りの空から落ちる白のヴェールがマフラーのフリンジに絡み、ドット柄になりかけた袋を庇うように、コートの胸に抱え込む。
交差点を右へ曲がると街へ出て、ほどなく行ったところに帰る店がある。
ほとんど無意識で「まだ寒くなるかな」と呟いた唇にも、冷たい粒が弾けてにじんだ。
それほど広くもない歩道、すれ違う人の傘の端が斜めに避けてゆく時に一瞬遮られる空。眼鏡のレンズをものともせずに、睫毛に乗る滴。
通り沿いの店から流れる有線放送は本屋と同じチャンネルで、聞き慣れた歌の続きを追い越して信号を渡る。子どもの乗る自転車が危なげにカーブを曲がる姿にびっくりして、それから少し、笑みがこぼれた。
――ああ、いつかもこんな日があったね。
言いかけた言葉は、いつものように胸の奥にしまう。
店の裏手、それほど大きくないポストは元旦付けの厚い新聞が幅をきかせ、その隙間に詰めるようにして年賀状が配達されていた。取引先と常連客、それから近隣の店からのやけに賑やかな葉書きの束をめくりながら、今は誰もいない席に差出人の姿を思い浮かべてみると、自然と感謝の念が浮かんでくる。
「今年もよろしく」という文句に、こちらからも送ってあるにも関わらず、もう1度それを繰り返したくなった。代わりに、営業再開の際にはスペシャルメニューでも考えよう。
年の瀬のうちに選んであったカレンダーを壁にかけ、雑貨を入れ替え、お守りを飾り、ざっと目を通した雑誌をラックに並べると、途端に手持ち無沙汰になる。
カフェの年始休業はまだ数日残っていて、今日店に来る必要は特にない。ただ、数日後に控えた雑貨屋の新年会までの間、作って、食べて、呑んで、を繰り返す惰性の中に身を置くよりは、いくらか充実していそうだから……なんて、素直にのんびりできないのは貧乏性だからか。
普段は珈琲の香る店も、年末に大掃除をした部屋同様埃のにおいのする気がして、窓を開ける。
人の手の入らない場所は傷みが早い。守りたいものには、ちゃんと手を差し伸べ続けていかなければ。
予想に反して雨の音は止んでおり、するりと流れ込む澄んだ空気が、誰もいない部屋の換気をする日にも慣れて、呼びかける人が隣にいないだけの幾度目かの冬を、そっと撫でた。
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