showcase 037 2/2
さっきカウンターの上に置いたキーケースは、カフェのメインカラーと同じワイン色に染めた革で、ところどころ飴色に変わったそれの金具の部分に嵌めこまれた月長石は、窓からの光を受けて、今も変わらず柔らかな色で輝いている。鍵屋の主人に無理を言って、ひとつの原石をふたつのオーバルカボションに仕上げてもらったのはだいぶ前の話だった。
本来扱いには気を使うべき石を添えているのに、手作りの質の良さからか、キーケースは使い込んだ今の方が美しく感じられた。
仕事のようなプライベートのような曖昧な位置づけで今も時々会うその人が、「御縁が続きますように」と、眼鏡の奥で優しい目をしてくれたのを思い出す。
「御縁が続きますように」「じゅうぶん御縁がありますように」
お賽銭にもなぞらえる定番の願い事は、誰に対しても、いつかは還ってくるものだといい。
静かな店の中、奥のパソコンが、小さな音で着信を知らせた。
『I wish you a happy new year !』
月長石の片割れから届いたメールは、余白さえなく、相変わらず例文のようにシンプルだった。クリスマスの頃にこちらから送ったメールも、同じようなものだったが。
――離れている時間が長すぎて、何から書いていいのかわからない。
写真の1枚でも添えてくれたらいいのにと思うのに、こちらはと言えば、毎回逡巡した上で、結局単純な本文のみで送信してしまう。
――変わったと、思われたくない。
相変わらず、お互いさまで不器用なふたりだ。
キーケースを開くと、自宅と車と店の鍵に並んで、長い間住人の帰りを待っている、あなたの部屋の鍵が揺れた。そこは、繰り返し訪れたいのに、そうするとあなたのいたにおいが薄れてしまうから、時折掃除に向かうだけの寂しい部屋。
常連客は少しの冷やかしと心配とを混ぜ合わせた目で、ふたりを見守ってくれていた。
本当に、優しい人に恵まれたものだと思う。ひとりでは変わることも変わらずにいることも難しい。
遠い距離を埋める長い時間、埋めようとして埋まらない心――それでも薄れない想い。
あなたに伝えたいことならたくさんある。
あなたを支えに、あなた以外の人にも支えられて、あなたにもそういう人がたくさんいたらいいと思う、そんな胸の内を。
ケトルが鳴ったので、ゆっくりとふたり分の豆を挽く。準備が済むと、香りが逃げないように窓を閉めた。
少し冷ました湯をネルに注ぐと甘い香りが立ち昇る。静かな店内ではその軌跡が見えるようで思わず目を天井へ向けると、あなたが選んだレトロモダンな照明が柔らかな光を放っていた。
カウンターの椅子を2脚引き、座る。片方のカップにはミルクとブラウンシュガーを溶かした。
それは、毎年決めている儀式のような行為だった。
年の初めに淹れる珈琲は、あなたとそれから自分のために――
ブラックで飲み干した自分のカップと、あなたの分の甘い珈琲は、どちらも恋の味がする。
好きよりも先にある日にあなたを想うのはしあわせで、今もいとしさで指先が痺れるんだと言ったら、あなたはなんて返してくれるだろうか。
笑顔を思い出すのは容易い。笑顔の先に自分を思い描くのには、いつまで経っても照れてしまうけど。
想いを飲みこみ、溜め息は温かくこぼれる。
…こんな顔を常連客に見られたら、「またにやけて」なんて冷やかされるに決まっているけれど。それさえ嬉しいと言ったら、呆れた顔をされるに決まっているけれど。
思うのも思われるのもしあわせなのだから、なんともおめでたい店主だと、笑ってくれたらいいと思う。
『I wish you a happy new year !』
あなたにもたくさんのしあわせが訪れるように祈りながら、想いながら、今年もこうして過ぎて行く。
-fin-
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