showcase 038 2/2




 温かいチョコレートは意外に心をほっこりさせるものだと、口に入れたマシュマロがゆっくり溶けるのを味わいながらそう思う。
 はじめに付けた分は容器の中のチョコレートの海で溺れて、もうほとんどその形を失くしていた。美味しく味わえる適温を保つのはなるほど難しい。
 私がチョコレートに夢中になる間、自分のカップにお代わりを注いで戻ってきた彼は、先程の場所ではなく私の隣のクッションに腰掛ける。
「ねえ、手繋ごうか」
「…なんで」
「ぎゅってしてあげるから」
「やだ」
「…ふぅん」
 俺よりそっちがいいわけね、とカップを置いた手がソファーの背もたれに伸び、それに引っ張られるようにして彼の体もソファーに伸びる。
「久しぶりに帰ってきたのに、冷たい…」
「冷たいのは連絡もよこさなかったそっちの方じゃない」

 ずっとずっと、熱いままでいるのには労力がいる。努力もいる。――だから難しい。
 ずっとずっと、温かいままでいるのにも労力がいる。努力もいる。――だから、難しい。
 急に温まったり、急に冷めたり、ゆっくり温まったり、ゆっくりと冷えていったり――
 チョコレートとマシュマロのような私たちの適温は、いったい何処にあって…いったい何時まで続くのか。

 唇についたチョコレートを舐めると、何度も熱に触れたそこは気づかないうちにじんと痺れていた。
「私は低温やけどさせられたクチよ。どうせね」
「ああ、ほだされたんだっけね」
 彼は私よりいつも少し高めの温度で私を包むから、悔しいことに、私はいつの間にかそこから抜け出せなくなっていた。
 彼の匂いと体温は知らないうちに積もった不安を溶かして消してしまうから、いつの間にか、失えないものになっていた。
 じゃあ、と言って起き上がった体が、私の耳より少し高い場所から「おいで」と短く声を落とす。
「…ほんと腹立つ、この男」
 私がこれに弱いことを知っていながら、絶妙のタイミングで…ほんとに、ほんとに、憎たらしい。
「……」
 私を包む体温に、低温やけどの傷がじくじくと痛みはじめる。

「ただいま」
「…おかえり」

 耳元で彼が笑う気配がする。
 ――緩く抱きしめられているだけなのに、潰れてしまいそうなほどの胸の痛みといったら。
 ずいぶん彼を愛してしまったものだと、私は、堪えきれずに熱い溜め息をこぼした。


 -fin-




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