collabo 014 1/3




『君の名は―――6』


 店内に流れる小粋なジャズサックス。照明を絞ったバーのカウンターの隅に座る一組の男女。
 どちらもスクリーンから抜け出したような美男美女なのだが、客の誰もが2人に好奇の目線を送らない。
 何故ならばアルコールと店の空気に酔って誰もが映画の主人公気分に浸っているからだ。
 カウンターに座る美女は華奢なカクテルグラスにルージュのついた唇をつけて、栗色の長い髪をかきあげた。
「それで、私に話っていうのは何かしら?」
 黒のビジネススーツに白のシャツというシンプルな装いだが、それが一層彼女の美しさを際立たせている。
 美人は何を着ても様になる。彼女はまさにその言葉を体現するような存在だ。
「そうですね…まずどこからお話すればいいのか…」
 イタリアンスーツを小粋に着こなした男が、隣に座るの美女をはぐらかすようにグラスの中の氷を奏でさせる。
 身体の線も細く、長い黒髪を一つにしばっているだけなのだが、決して女性的なイメージを持たせない美青年である。
「所長…いえマクシムの事で話があると言ってきたのはあなたの方でしょ!?おまけにこんな所にまで連れて来て!」
 美女───佐倉大本営研究所参謀、サーモンピンクは声を荒げて男を睨み付けた。
「美人は怒ると恐ろしいと言いますが、それ以上に貴女はお美しいですね」
 男は軽く微笑を浮かべ、なだめるようにサーモンピンクの肩を抱いた。
 いや、正確には肩を抱くフリをしてサーモンピンクの耳に囁きかけた。
「ココではなるべく私と恋人同士の振りをして下さい。折角研究所の近くに研究員達の来ない穴場を見つけたのに、ここで騒ぎを立てられると話せる話も話せなくなってしまう」
 今ならまだ恋人同士の痴話喧嘩で片付けられる。そう男に念を押されて、サーモンピンクは再びカウンターに腰掛けた。
 男はグラスの中の琥珀色の液体を飲み干し、カウンターの中でグラスを磨いていたマスターを呼び止めた。
「すいません、ウ−ロン茶のおかわりと美しい彼女をイメージしたカクテルを」
「畏まりました」
 マスターは何も言わずにシェーカーを振り出した。
 その様子を隣でうさん臭そうに見ていたサーモンピンクの視線に気付き男は再び微笑を浮かべる。
「本当はこういう場所ならウィスキーやバーボンなのでしょうけれど、生憎仕事中はアルコールを禁じられているんです。ウ−ロンだったら色が似てますし、遠目から見たら分らないですよね?」
 クラッシュアイスの入った琥珀色の液体に口をつけるその仕草は男であるにもかかわらずどこか色気があり、とてもウーロン茶を飲んでいるようには見えなかった。
 だがその色気はマクシム程じゃない。
 愛しい恋人の名を胸の内で唱えて、サーモンピンクはこの空気に流されないように気を張り詰めさせた。
 カウンターの中ではマスターがシェイカーの中身をピンクソルトの縁取りのついたカクテルグラスに注いでいる。
「仕事中?」
「いえ、私の事はお気になさらずに。ホラあなたのカクテルが出来ましたよ」
 男の柔らかな声を合図とするように、カウンターにカクテルが差し出された。
 ピンクソルトで縁取られた華奢なカクテルグラスはおそらくフルーツベースだろうか、白い液体で満たされて飾りに小さな赤い薔薇が添えられていた。
 自分をイメージしたカクテルを作ってもらうのは女として悪い気はしない。サーモンピンクは素直にカクテルを頂く事にした。
 一口含むと爽やかな甘味とアルコールの微かな苦味、それと胸の辺りにジンとした熱さが広がっていく。
「案外強いお酒を使っているのね」
「それは貴女をイメージしたカクテルだからでしょう。それよりお味は如何ですか?」
「えぇ美味しいわ。見た目のデザインもとても素敵。素敵なお店よね」
「「今度マクシムも連れて来たい位」」
 サーモンピンクに合わせるように男が台詞を重ね合わせる。
 驚いたように目を開くサーモンピンクに男は艶のある微笑で答えた。
「職業柄、その人の台詞のパターンって結構わかってしまうんですよね。
 でも本当に連れて来ないで下さいよ?この店は私と貴女だけの秘密という事で───」
「そ、そうよマクシム!」
 大人の男と女のやり取りになりかけた空気を誤魔化すように、サーモンピンクは男の台詞を遮った。
「あなたマクシムの事で話したい事があるって言ってたじゃない。こんな下らないやり取りばかりだったら私帰らせて貰うわよ?」
 声を荒げるとまた始めに戻ってしまう。サーモンピンクは大声こそあげなかったが、念を押すように男に詰め寄った。
「おっと、帰らないで下さいよ。貴女のような美しい方とお近づきになれる機会は滅多にありませんから、少しでも長く共にいたかったのです」
 いい加減そろそろ本題に入りましょう、と男はようやく話を切り出した。

「貴女の恋人、マクシミリアン・シュナイダーに隠し子がいるのをご存知ですか?」

 予想打にしていなかった男の言葉に、サーモンピンクは思いっきりむせ返ってしまった。
「大丈夫ですか?その様子ですとご存知なかったようですが…」
 男はサーモンピンクの背中を摩ってやりながら、スーツの胸ポケットに差していた白いハンカチを何のためらいもなく差し出した。
 サーモンピンクは受け取ったハンカチで濡れてしまったスーツを拭き、少しずつ平静を取り戻していく。
「な、なにバカな事を言っているの!?」
 だが、完全に平常心に戻った訳でもないらしい。
「なぜバカな事だと思うのです?貴女も化学者なのですから、それ位の予測ぐらいつかない訳無いでしょう」
「だってマクシムは私一筋なのよ?」
 言ってる自分でも自惚れていると思うが、秘研一のバカップルという呼び声が何より真実を物語っているから仕方がない。
「そのマクシムは貴女よりも一回りも年齢が上回っている。貴女と巡り合うまであの男が複数の女性と肉体関係を持っていたか位簡単に想像つくでしょう?」
 確かにサーモンピンクと言う恋人がいる今現在でもマクシムは女性にモテる。
 だがそれは飽くまで憧れの対象であるにすぎない。
「まだ疑っているようですね。では証拠をお見せしましょう」
 疑惑の眼差しをむけるサーモンピンクに男は一枚の写真を取り出し見せた。
 写真に映っているのは白衣を着た1人の少年だ。隠し撮りをしたかのような斜め後ろからのアングルのため顔立ちこそは解らないが、黒髪で眼鏡を掛けたその横顔はなかなかに賢そうな顔立ちをしている。




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