collabo 017 1/2
『君の名は―――7』
「わからない…」
佐倉大本営研究所参謀・サーモンピンクはカウンターで頭を抱えた。
ココは研究所よりそう遠くない場所にあるバーである。
小粋なジャズと心地よい暗さ、何より研究所から近いのに、あの所員達ですら見つける事の出来ない穴場的な所が良い。
ココを見つけたのはサーモンピンクではない。たまたま人に連れて来てもらった所なのだが、一人になりたい時等に彼女は良くこのバーを利用していた。
「何がわからないって?」
サーモンピンクの耳元に低い男の声と、そして吐息が掛けられる。
「あなた、あの時の……?」
カウンターから顔を上げて、サーモンピンクは目を丸くした。
そしてその目は見る見る内に怒りを孕んだ色に変わって行く。
「貴方…誰?ナンパならお断りするわよ?」
目の前にいた男は燃えるような真っ赤な短髪と、青と灰色のオッドアイという不思議な風貌の青年だった。
最近流行りの和風柄のシャツとヴィンテージジーンズにサンダルを合わせたラフな服装にシルバーのネックレスと腰のチェーンでアクセントを付けている。
体つきもしっかりしていて、なかなかの男前だ。
「誰って…前にも一度お会いした事あるじゃないですか、この店で。お忘れですか?」
男は断りなく彼女の隣に腰を降ろし、手の中のグラスの氷を軽く奏でる。
琥珀色の液体からはアルコールの匂いがまったくしない───ウーロン茶だ。
「あなた、やっぱりあの時の探偵!?」
答えるかわりに男は青と灰色の瞳を揺らめかせて微笑ってみせた。
「でも以前あった時とは姿が全然違うわよ?」
サーモンピンクの記憶の中では、長い黒髪に細身のスーツを合わせた、目の前の彼とはタイプの正反対の美青年だった。
「こういう仕事をやっていると一つの姿ではとても足りないのですよ。今ではどれが本当の自分の姿なのかもわからない」
男は少し遠い目をしてグラスに口付ける。
その仕草はとてもじゃないがウーロン茶を飲んでいるようには見えない色気があった。
「いいの私なんかと話していて?貴方も仕事中じゃなかったの?」
少し離れた席から若い女がチラチラと男の姿を伺っている。
おそらくさっきまで彼女と聞き込みがてらに飲んでいたのだろう。
「彼女からは粗方聞かせて頂きました。ココからは別件の仕事の話です」
「……マクシムの事?」
サーモンピンクの知る限り、探偵と名乗るこの男はある少年の父親を探していた。
その可能性が一番高いのが、職場の上司であり彼女の最愛の恋人であるマクシミリアン・シュナイダーなのだという。
「先日はせっかく貴女に接触出来たと言うのに、店に調査対象本人が乱入してきた為に、事が有耶無耶のままで終わってしまいましたからね」
「捜査の方は相変わらずってわけなのね」
「恥ずかしながらそういう事です」
それで、と男は話を切り出した。
「こうなったらあの男の身辺を徹底的に洗いたい。そうすると所長室だけでは限界がある。
ですから貴女の持つマクシミリアン・シュナイダーの部屋の合鍵を是非お貸し頂きたいのです」
「えぇえ!?」
サーモンピンクはとっさに自分のカバンを抱きしめた。
「ダメよダメダメ!いくらあの子供の将来のためとは言えそんな事は出来ないわ!」
「勿論只でとは言いませんよ。世の中はギブアンドテイクですからね、私もそれなりの報酬は支払いましょう。そうですね……貴女の疑問を私が解消する、というのは如何ですか?」
「疑問?」
「わからないってさっき頭を抱えておっしゃっていたじゃないですか。どうせまたあの男の事なのでしょう?」
たしかに彼女の悩みの種は最愛の恋人その人の事だ。探偵家業を営む者にとっては他人の心情を探るのはお手のモノと言うわけか……。
サーモンピンクは観念したように詳しい事情を話し出した。
「最近、あの人の様子がおかしいのよね…夜中に寝言で奇声を発してみたり、仕事中に天井や背後を頻りに気にしていたり───それというのもあの謎の振袖美人の噂が広まってから…」
言いかけて、はたと思いとどまる。
「…って、振袖美人ってあんたの仮の姿の一つじゃないの!マクシムに一体何をしたの!?」
「何もしちゃいませんよ」
至極あっさりとした答えに、サーモンピンクの頭に大きな疑問符が浮かぶ。
「確かに一時は黒い振袖と道化口調という奇抜な格好で、私の本来の思惑を悟られない為にわざと撹乱させていた部分もありますが、ココ1カ月はその姿であの男の周りをうろついていないのです。夢に見る程のインパクトを与えるような真似もしていませんしね。
と、すると考えられるのは…天井裏や背後から突然現われるような女とあの男が浮気をしていると言う事です。いや、もしかしたら女ではないのかも……」
「いや、そんな人間普通浮気相手になんて選ばないから」
「本当にそうでしょうか?」
今まで妖しい微笑を浮かべていた男の突然の真顔での問いかけにサーモンピンクも思わずどきりとする。
「よく考えてみて下さい。普通のオフィスラブならあり得ない事でも、貴女のいる場所なら決してあり得ないとも言い切れ無くなってしまう。
貴女の知らない間に背後や天井裏から突然現われるような新入所員の若い娘が入ったのかも知れないし、現にあの柳という男ならば浮気相手としては考えられないが、それでも天井裏から出現することは十二分にありえる事だ。違いますか?
佐倉大本営研究所──いや、秘研に一般常識は通用しないということは貴女もよくご存知の筈ですよ?」
たしかに神出鬼没のあの博士ならば、床下だろうが天井裏だろうが、蛇口をひねっただけでも普通に現われそうだ。
サーモンピンクの瞳に困惑の色が浮かび始める。
もう少しだ───男は彼女の細い顎に軽く手を掛けた。
まるで……誘惑するかのごとく。
「どうでしょう?私に任せていただければ彼の異変の原因を解明して御覧に入れましょう。彼にすら悟られる事無く」
「どうやって?」
「簡単ですよ。最も心を許している貴女の姿を借りて聞けば良い」
男はグラスに軽く口を付けて喉を潤し言葉を紡ぐ。
「私ならそれが簡単にできるもの」
紡がれたその声は紛れもなくサーモンピンクの声そのものだ。
「貴女に化けると言ってもイロイロと下準備が必要ですからね、今はコレが精一杯」
コホンと咳払いをひとつして男は声を元に戻す。
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