collabo 026 1/2




『希望の轍』3


 その日の朝、秘研こと佐倉大本営研究所に衝撃が走った。
「所長、おはようございます」
「うむ、おはよう」
 すれ違う所員達に軽く挨拶をしながらマクシムは早足で所長室へと向かっていく。
 所員達の視線がやけに痛い。理由はマクシム自身良くわかっていた。
 マクシムより3歩後ろをついて歩くこの大男の存在だ。
 均整の取れた褐色の肌にマクシムの私服である白のヘンリーネックシャツに適度に色オチしたジーンズ。
 これでサングラスさえ掛けていなかったら、そこそこの男前で通った事だろう。
 だがこの大男の正体は、所員なら誰もが知ってる秘研の美貌の参謀にして、所長の恋人である無敵のサーモンピンク様御本人である。
 久々の逢瀬の後、一晩明けたらどう言う訳か性別がコロッと変わってしまっていたのだ。
 とりあえず原因を究明して元に戻ろうにも、研究資材の類は全て職場内に置いてしまっている。
 その為二人は危険を冒してこうして研究所の所長室に向かっていた訳だが───

「所長が幹部以外の男の人と歩いてる〜写メっちゃお」
 今すれ違ったばかりの女性所員が携帯を取り出し、メールを送る振りをしてマクシムと大男を撮影した。
「タイトルは…『新恋人出現!?』っと」
 秘研の所長が幹部以外の男と二人連れで出勤と言うだけでもパパラッチの的になりそうなのに、その相手の男が突然変異を遂げたサーモンピンクだとわかった日には仕事所じゃない大騒ぎになってしまう。
 本当は今すぐその携帯を取り上げへし折ってやりたかったが、自ら騒ぎを大きくするとまた問題になるのでマクシムはグッと堪えて先を急ぐ。
 そしてそれは後ろを歩くサーモンピンクも同じだったらしい。
「いまの娘…顔バッチリ覚えたわよ。後でコロス。絶対コロス」
 小声ながらも背筋が凍るような冷たい声で呟き、以前よりだいぶ大きくなった拳を震わせる。
 声も格段に低くなった事でドスが効き、聞いているだけで心臓を悪くするような台詞なのだが、彼女の放った一言はそれだけでは終わらなかった。
 ドスンという衝撃音の後、二人の後ろから人のざわめく声が聞えはじめる。

「どうした? なにがあった?」
「あ、歩いていたら急に人が倒れて…」
「体温心拍数共に低下してます!」
「心臓停止! 誰か心臓マッサージと人工呼吸を!!」
「医療班を呼べ!」

 テキパキと応急処置に当たる所員達の姿を、二人は少し離れた所から呆然と見ている事しか出来なかった。
 そして、やっとの思いでマクシムが絞り出した一言は
「サーモンピンク…君はあまり喋らない方が良さそうだ」
「えぇ、私もなんとなくそんな気がするわ…」
 二人は騒ぎに紛れるようにしてその場を走り去り、身を隠すように所長室に入った。

「まずはその身体検査からするべきだろうな。一応ココには一通りのモノは揃っているから誰にも邪魔されずゆっくり調べる事ができる。まずは心音あたりから行くか」
 マクシムの言葉に同意するようにサーモンピンクは着ているシャツを脱ぎ捨て上半身裸になった。
 自分のとは言え筋骨隆々の男の裸体というのは恥ずかしい気がするが、サーモンピンクも化学者の端くれ。恥ずかしいとか言っている場合じゃない。
 サーモンピンクはクッションの効いた所長イスに座らせられると、厚い胸板に聴診器を宛てがわれた。聴診器の冷たい感触に一瞬身を竦ませる。
「心音に異常はない見たいだな。瞳孔を見る訳にいかないから、喉と舌診やって、次はCTスキャン。
 血液検査もする必要があるし、脳波も見たい。見どころは山積みだが、まず興味深いのは……」
 マクシムは淡々と事柄を述べながら指先でサーモンピンクの胸板を撫でた。
「ココと、ココと、ココ。それとそっちもか。もしかしたら背中にもあるかも知れないな」
「何が?」
「君の身体の彼方此方に古傷のようなものがたくさんついているんだ。それは大きな刃物で斬り付けられた跡だったり、獣か何かの牙の跡だったり巨大な爪痕にしか見えなかったり。
 君の身体はそれなりに知り尽したつもりだったが、君がこんなに古傷だらけになる程戦い好きだとは知らなかった。
 この鍛え上げられた肉体と言い数え切れないこの古傷といい、今の君はまさに戦士そのものと言った感じだな」
 下克上上等、隙があったら掛かって来いと豪語する程バトル大好きなサーモンピンクだが、さすがに猛獣の類と戦った事はないし、これからもそんな危険を冒す事はないだろう。
 身体に傷を付け、なおかつそれが跡に残る程放っておくなんてもっとありえない。




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