collabo 033 1/2




『真夏の果実』2


 熱いシャワーで汗を流し、泡立てたスポンジで身体を洗い、その間バスタブに溜めておいた湯にゼノンは身を沈めた。
 せめてもの安らぎになるかと湯の中に数滴垂らしてみた香油の香りも、今のゼノンの心にはなんの効果も与えられなかった。
 なぜなら生まれてから28年、使い慣れていたあの褐色の巨体は小さく縮んで美白され、万遍なくついていた筋肉だった部分は乳と尻の2箇所のみに集約されてしまったのだ。
 なにより悲劇なのはゼノンの最後の聖域消滅……ゼノンの身体は一晩のうちに女性の身体に変わってしまった事であった。
 湯の浮力で浮き上がる巨乳を見て、それが自分のモノであると言う男として何とも情けない事実を改めて目の当たりにしたゼノンの栗色の瞳に再び涙が滲みそうになったが、ゼノンは両手で湯舟の湯をすくいあげて何度も何度も顔を洗った。
 いつまでも泣いている訳にもいかないとさっき決めたばかりじゃないか。
 決意を新たにしたゼノンの目に、自分の身体の彼方此方にある赤い跡が目に止まる。

 …これは一体なんの跡なのだろうか? 打ち身に似たうっ血のようにも見えるが特に痛みは感じない。
 ゼノンはバスタブの中で姿勢を正し、深呼吸を一つすると意識を手の平に集中させた。
 ゼノンは自分の魔力を体内に流して体内に流す事で、生命の肉体の本来存在する自然治癒能力を極端に高めて、あたかも魔法で傷を治療しているように見せる能力がある。
 自分の魔力だけではなくその体内にいる水の精霊に呼びかけて、治療スピードを更に高める事も出来るのだが、今回は自分の魔力だけで十分だろう。
 なによりゼノンは今の自分の身体で一体どれだけの事ができるのかを知りたかった。
 表向きは城の保育士と言う事になっているゼノンだが、本来はピルムに掛かる災厄を影から排除する特殊部隊である。
 この女の身体では剣を振り回す事は不可能だろうが、魔力さえあれば傷の治療や精霊達と連係しての後方支援ならできるかも知れない。
 だがどんなに意識を集中させても、ゼノンの手の平に魔力は発生しなかった。
 いつもならば誰の目からも見えるような黄緑色の光が発生すると言うのに……。
 よく考えてみたらゼノンの外傷治療は自分自身には使えなかったので、この実験自体そもそもの意味がなかったのだが、それでも意識を集中させれば魔力ぐらい出て来たはずである。
 術に使うのに必要な魔力が一切なくなってしまった。ゼノンは大慌てで湯をバシャバシャ叩いて波立たせた。
「姐さん! ウンディー姐さん!! 大変だよ魔力が出せないよ!!」
 それ以前に報告すべきは、以前の面影が一切ない今の自分の身体だろうが、そんな事を考えている余裕は今のゼノンには存在しない。
 ゼノンは必死で湯に呼びかけた。
 湯、というか水にはウンディー姐さん…もとい水の精霊ウンディーネが宿っている。
 幼い頃山奥に捨てられ、山の中にいる様々な精霊によって育てられたゼノンにとって、精霊達はいつでもドコでも傍にいてくれる大切な家族であった。
 だがどんなにゼノンが呼びかけても目をこらしても、守銭奴精霊ウンディーネの姿は見えないし声も聴く事が出来ない。
 まさか…! ゼノンは湯舟から出ると身体の水滴を拭く事もせず、急いで台所に向かった。
 台所のコンロに火を灯して、その火と周りの空気に向かって呼び掛ける。
「サラマンダー! シルフ! 返事をしてくれ!」
 いつもなら話し掛けなくても勝手に漫才している火の精霊サラマンダーと風の精霊シルフ。
 その漫才は非常につまらない癖に声だけは異様にでかいから、ゼノンはいつも飽き飽きしていたのだが今はその五月蝿い声が全く聴こえない。
「おじいちゃん! ノームじいちゃんは!?」
 ゼノンはベランダを開け、ベランダ菜園の土に向かって話し掛けた。
「助けてノームじいちゃん! どうしよう誰も姿も見えないんだ!」
 だがゼノンにとっての知恵袋、土の精霊ノームからも何の反応も見られない。
「の、ノームじいちゃんまで……」
 精霊達とは生まれた時からいっしょだった。
 友であり、親代りであり、そして家族だった。
 10年前にゼノンのその多彩な能力を認められ、当時王太子だったジェラによって住み慣れた山奥からピルム城へと連れて来られた時も精霊達は常に一緒だった。
 人の目からは常に孤独に見えたゼノンだが、本当は精霊達が傍にいたのだ。
 だから環境が変わっても任務の為に単身ピルムの彼方此方に派遣されてもつらくなどなかった。

 だが、今のゼノンには何もなかった。
 強靱な肉体を失い、魔力を失い、そして家族をも失った。
 今ゼノンに残されたのは、この無駄にでかい乳と尻だけだ。

 ゼノンは泣いた。何も身に付けない濡れた女の裸体のままで、ベランダ菜園の前でただひたすら泣き続けた。
 湯に浸かったせいだろうか、ゼノンのうっ血跡はほとんど消え去っていた。




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