collabo 040 1/2
『desire』
『俺、甘いものは分け隔てなく愛してんの』
『ばかだね』
「『お前にそう言われるのは嫌いじゃないよ』…って、リツちゃん! 死角になるのわかっててもその顔はないんじゃないの!?」
台本から外れた善次郎のツッコミに、カメラはまた否応なくストップさせられる。
――コレで何度目の撮り直しだろうか。
終了予定時間はウン時間単位で過去になった。打ち上げやらデートやらの予定をことごとく潰されてしまった撮影スタッフは、全員、疲れ果てた顔で役者陣へ抗議の視線を送る。
その雰囲気たるや、毎年夏に放送される怪奇特番に引けを取らない恐ろしさだ。
顔中に突き刺さるようなその視線に耐える善次郎の前にあるのは――共演者である梨都の、清純派で売っているとは思えない、今まさに唾でも吐きそうな凶悪な面構えだった。
榎本 善次郎、33歳。
先程惜しまれながらも終了したインターネット配信による連続ドラマ【ユニコーンの森】で、ゼノン役を好演した俳優である。主人公ではないが脇で人気をかっさらい、番組公式掲示板の話題をひとり占めにしたりしていたのだが、近頃なんだかその人気が下降している気がする。
それはドラマの放送が終わったことで役柄や役者への熱が冷めるという、そういった雰囲気ではない。むしろドラマが終盤に突入したあたりからだ。
それを証明するように、励ましの言葉ばかりだったファンレターならぬファンメールが、ドラマ終盤で「ゼノンきゅんのアホ」という罵倒に変わった。
――俺があれだけ頑張っているのをWebドラ視聴者は理解してくれないのか!? 俺の何が悪いってんだ!!
舞台観客やTV視聴者とはまた違うWebドラマ視聴者の反応に、善次郎は内心頭を抱えていた。撮影中ではないのに楽屋の隅で蹲って黄昏てしまったのも、1度や2度のことではない。
そんな善次郎に短編ドラマのオファーが舞い込んだのは、数日前のことであった。
【RHAPSODY】という名のオムニバスWebドラマは、通称【甘党カフェ】と呼ばれている。
中心視聴層は女子高生からOL、それから主婦。日々の疲れに甘い癒しを提供するというのが番組コンセプトで、一度その甘さを経験した視聴者はほぼリピーターになるという、高視聴率とまではいかないもののコアなファンがついているWeb配信番組だ。
そのオムニバスWebドラマが久々に新作を発表するらしいというのは同じ業界内の話であるから善次郎も小耳に挟んではいたのだが、まさか助演に自分が指名されるとは露ほども思ってはいなかった。
指名は嬉しいとは言え、これでも忙しい身である。連続Webドラマは終わったが、以前からレギュラーで出演している料理番組だってある。
回答を保留にし、善次郎はとりあえず台本を取り寄せた。そしてそれは、目を通してみるとそこそこの出来だった。
――今までの番組とは違う視聴者層。今までの役とは全く違うキャラクター。…しかも助演。
この短編ドラマで巧く演れば、更なるイメージチェンジを図れる上に、女性ファンの心をガッチリ頂ける…。
俳優とはいえ、所詮人気商売である。ファンのこともそうだが、業界内に役者としての力量を見せつけ、今後に繋げることもできるだろう。そう考えた善次郎は早速【甘党カフェ】制作サイドに承諾の旨を連絡した。
これは承諾後にマネージャーから聞いた話なのだが、どうやら向こうのプロデューサーが【ユニコーンの森】を観ていたらしい。しかもそのプロデューサー、【ユニコーンの森】とコラボ企画のあった【サイエンスコメディー】制作サイドの出身だそうで、そこから善次郎へのオファーへと繋がったのだろうということだった。
なるほど。
因みにこのオファーの申し入れがあった際、善次郎の事務所側からの「どうして善次郎を起用しようと思ったのか」という質問に対した【甘党カフェ】制作サイドの回答が、「元祖蹲りだから」との一言だけであったというのは、善次郎には内緒だ。
今回は大人の男としての魅力を最大限に発揮してやろう。そう意気込んだ善次郎が使い慣れたサングラスとカラコンのない現場へと入ってみれば、相手役はなんと――【ユニコーンの森】で共演していた降谷 梨都だった。
降谷 梨都、19歳。
連続Webドラマ【ユニコーンの森】で主役:ネープルを務めた女優である。
本業は正統派清純アイドル歌手。天使の美貌に可憐な歌声――しかしその中身が推定年齢50歳の混じりけなしのエロオヤジであるというのは、彼女の所属事務所とそれから【ユニコーンの森】の共演役者陣しか知らない。
中でもゼノン役の榎本善次郎とはエロビデオの貸し借りをしたり一緒に競馬場に行ったりと、エロオヤジ同士の爛れたお付き合いをしている仲である。
そんな彼女がWebドラマ終了後に事務所から言い渡された仕事が【甘党カフェ】新作短編への出演であった。
Webドラマの出演自体がアイドルとしての梨都のイメージアップ作戦であったのだが、それが成功を納めて尚、事務所はイメージアップ作戦を続行することにしたらしい。
原因はきっと、Webドラマ撮影中にマネージャーに相談した「“天使の身体にオヤジのココロ”というキャッチコピーでイメチェンを図ろう」というアレだろう。提案した梨都の前で泣いて止めたマネージャーが、社長にチクッたに違いない。
…本気だったのに。
ともかく「同性のココロを掴むのがアイドル生命を長続きさせるコツだ」と社長命令が出てしまった以上、梨都は【甘党カフェ】新作短編へ出演せざるを得なかった。
【甘党カフェ】の存在なら梨都だって知っていた。しかし梨都はドラマ好きっ子という訳ではない。【甘党カフェ】は、女性出演者が有名・無名問わずに上玉揃いなのだとその道で有名な番組なのだ。しかもTVで言うなら深夜枠――まぁWebドラマに放送時間などという概念はないのだが――で、時折大人向けな内容だったりする…。
同性視聴者のココロよりも、梨都としては寧ろ、共演者のオイシソウな胸を掴んで揉みしだきたい。【甘党カフェ】だけに「いただきます」したい!
放送では巧いこと編集していたシーンだって、撮影現場ならナマ声聞き放題!
あわよくば最後まで「いただきます」!!
ドラマ制作サイドは知らないのかもしれないが、その人気は女性視聴者だけでなく、Web上に生息するエロオヤジの間にも広がりつつあるのである。
…その現場に合法的に侵入できるのは願ってもないチャンスだ。
梨都がエロオヤジらしい発想でもって事務所の思惑を弾き飛ばし、上機嫌で現場入りしてみれば――待っていたのは『いくつになっても』と題された激甘台本と、共演者として紹介された榎本 善次郎だった。
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