collabo 040 2/2




「あーもう最悪! 善次郎、お前役降りろ!」
 今までなんとか我慢していたらしい梨都が、ソファの上から善次郎を蹴り落とした。
「んぎゃッ!!」
 蹲り体勢の所為で上手く受身を取れなかった善次郎は、膝から床に落下した。正確に言うと、膝を抱えていた両手からである。つまり両手を床と自分の身体に挟まれた状態。
 声も出せずに悶絶する善次郎には構わず、立ち上がった梨都は衣装のパジャマに一瞬鼻を近づけて、盛大に顔をしかめた。
「オヤジ臭が移ったじゃねぇかクソ、衣装さん早くファブってー!」
 パソコンモニタ越しの視聴者に臭いに関する情報を伝える術はないのだが、至近距離で演技をする梨都には拷問に等しいものがある。善次郎が例えシャワーを浴びた直後だとしても、梨都の嗅覚は鋭敏にその男臭さを感じ取るだろう。
 オンナノコの芳しい体臭を感じ分ける大事な嗅覚を、善次郎に犯されてなるものか。
 そもそも梨都には男に抱かれる趣味はない。それなのに相手役は善次郎だし、台本はこんなのだ。こんなの。
 梨都は清純派アイドルの皮を被るのも忘れて「なんで食われる側なんだ!」と雄叫んだ。
 …いや【甘党カフェ】の台本っていっつもそんなんだから。基本は俳優一人に女優一人なんだから、女優としてオファーを受けた君が食われる側なのは当然でしょうよ。

「オイ梨都よ。本性出ちゃってるよ本性…」
「バレたらバレたで楽になるからイイんだよ、イメチェンして売り出してヤんだからよ」

 床から復活した善次郎が梨都の奇行を諌めようとするが、三十路過ぎにギリギリ十代の舵を取れというのがどだい無理な話だ。
「大体、コッチの現場って言ったらサラ姐だろ? なんでこの2人なんだよ」
「真田君もいないしねぇ」
 そう、そもそも【サイエンスコメディー】絡みの出演と言えば、シェラサ役のサラ・シェーリングにオファーが来るのが今までのパターンである。しかし今回はそのサラは呼ばれていない。【サイエンスコメディー】側の役者で男性体シェラサとして【ユニコーンの森】に客演している真田 飛鳥もいない。
 ふたりとも、【サイエンスコメディー】からデビューを果たしたWeb限定アイドルユニット『ダブルユー?』としての活躍が忙しいのだろうか?
 2人に負けじと、本業歌手の梨都と善次郎で臨時ユニット『エロオヤジーズ』を結成し、楽屋ライヴを開いたこともあったなぁ…と善次郎は思い返した。某ボーカルグループの真似をして歌を歌い、コーラスで♪おっぱいちょうだい♪と歌ったら、「ギラついた目で歌うな!」と観ていた共演者全員をドン引きさせてしまったので、『エロオヤジーズ』のデビューは諦めざるを得なかった。ドン引き…そんなにガッついた目をしていたのだろうか。
「しかもコレ前に放送した『甘党』ってヤツの続編だろ? なんでソッチの役者を使わねぇんだよ」
「こっちのキャストは例え続編と言えども毎回入れ替え方式だからね。次に誰がどんな内容の台本で演じるかわからない、ってとこでも掲示板が賑わうらしいし」
「っかーッ、番組コンセプトの割にはあこぎな商売してンだなー」
 そのお陰で出演者側もオイシかったりするんだぞ、と善次郎は心の中で呟いた。キャスト発表後には毎回出演者に関するインターネット検索数が急上昇するので、事務所が下手にプロモーションするよりもずっと宣伝効果が高いのだ。現に今回だって、ポータルサイトでの「榎本 善次郎」検索数が飛躍的に上昇している。お兄さんはウハウハだよ。
「…そう言えば、【甘党カフェ】の制作には沙問さんが一口噛んでるって言ってたな」
 沙問 蘭といえば先日『希望の轍/真夏の果実』のサーモンピンク役で善次郎と共演した女優である。女優としての力量もそうだが、プロデューサーとしての力量も認められている沙問が制作サイドにいるとすれば、【甘党カフェ】のリピーター率にも頷ける。
「そーだよ沙問さん! 沙問さんはー!?」
 先輩にご挨拶しなきゃ、とアイドルの皮を被りなおした梨都がスタッフを振り返った。
 スタッフは先程から再三撮影の続行を促しているのだが、人の話を聞かずに自分の話だけするというのはどういうことか。
「リツちゃん、沙問さんは生放送以外で夜10時以降の仕事はしない人なんだぞ」
「スゲェな、夜10時以降は仕事を忘れて果実のボディでお愉しみか!?」
「…いや、単にお肌のためらしい」
 いいんだろうか、このエロオヤジ――いやいや梨都を放っておいて。スタジオの隅でマネージャーが泣いてるぞ。
「サラ姐がいないなら沙問さんだろ!? そこがカフェ短編に出演する醍醐味じゃないのか!?」
 ご立腹の梨都に善次郎は頭を抱えた。梨都の言いたいことはよくわかる。しかし善次郎はこれからこの梨都を相手にラブシーンの続きを演じなければならないのだ。
 いくら外見は天使のようでも、中身は混じりけなしのエロオヤジなのに。
 しかしスタッフの視線が痛い。明らかに、商売道具である顔面に突き刺さっている。ひょっとしたら貫通しているかもしれない。
 撮影は続行されなければならない――しかもこの激甘台本で…。

「中途半端にエロいの書きやがって、憶えてろヘボ脚本家!」

 …中途半端じゃなかったら濡れ場とか演んなきゃなんないでしょリツちゃん。仮にも君は人気アイドル歌手なんだからそこは事務所がNG出すでしょ。
 そんなん演ったら、清純派アイドル歌手降谷 梨都ファン(野太い声援は標準装備)から、剃刀入り血塗レターとか貰っちゃうに違いない。
(心の声:うわぁぁぁん! 俺まだ何もしてないのに怖いよぅぅ!)
 …いかん。ついゼノン癖が出てしまった。ひとつの役を長く演るのも考え物だ。
 暴走しているのが若い梨都なので、先輩としてこの場をなんとか収束させようと善次郎は考えるのだが――所詮善次郎もエロオヤジである。本当はもっとはっちゃけたキャラクターなのである。
「沙問さんの魅惑の果実のボディをナマで拝ませろ!」なんてセリフを聞いてしまっては、 ドラマ撮影なんてそっちのけで本音を叫ばずにはいられなかった。

「そうだよ沙問さんだよアノ裸エプロンをナマで拝み隊!」
「サラ姐にない美乳を思う存分揉みしだき隊!」
 役者入れ替わりコラボで沙問とのオイシイシーンでの共演が叶わなかったエロオヤジ2人は、【甘党カフェ】の短編収録現場で心からの欲望を叫ぶのであった。

 そして結局、ラストシーンへのOKが出たのは、善次郎と梨都が心身共に疲れ果て、意識が朦朧とし始めた朝方のことだった――。


 こうして完成した【甘党カフェ】最新作『いくつになっても』は、配信開始直後から番組公式掲示板の話題を攫い、その甘さに慣れたコアなファンをして「破壊力抜群」と言わしめる作品となった。
 “黒ワンコ”こと善次郎は女性視聴者から「懐かれたい」と胸キュンされ、視聴者の代役とも言える“ハニー”こと梨都も多くの共感を得ることができた。番組制作サイドと役者の目論見は、見事成功したと言っていい。

 しかし作品の「破壊力」は、当事者である善次郎と梨都、それから制作スタッフの方にこそ大きく発揮されたのであった…。


 -fin-


reproduced 【NEW WORLD(仮)】

special thanks for 相沢友弘


+ オマケの役者プロフィール +
沙問 蘭
MAXIM
その他の役者プロフは物見遊山先にて入手せよ。




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