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『偽りの夢』


 腕枕を嫌がったおまえは――

 俺の肩の先へと、おでこをぴたりとくっつけて眠る。
 マニキュアの細い指先は、俺の右の胸の上に、まるで鼓動を確かめるように添えられている。
 おまえを起こさないように、俺はじっと動かずに天井を見つめていた。

「ダチュラよ」
 いつだったか、ベランダに出て、おまえが見つめた先にあったあの花。
 冬へと移り変わる直前の、温度を下げ始めた風に揺れるあの花。
 まるで俺を女々しいとでも言うように、ふわりと音もなく揺れる。
 その毒づいたような甘い香りに、俺は右の胸が確かに痛んだ。
 そのざわめきは、今夜も消えることなく俺の耳元で囁き続け、かろうじて理性を保っていられるように導いているようでもある。

 ダチュラよ、と言って静かに微笑むおまえの顔を今でもはっきりと思い出すことができる。
 部屋の窓辺にある鉢植えの花に水を挿しながら、日差しに揺れるおまえの笑顔も。
 入れたての珈琲の湯気の向こうに見えたのものは、今では遠い幻想なのだろうか。
 おまえがさっき言いかけた言葉を、俺は知っている。
 きっと、おまえよりもよく知っている。
 このままこの螺旋の階段を上り続けても、きっと屋上で待つのは愛ではなく、ひどくそれに似た別の感情だろう。
 おまえはいったい、どこを見ているのだろうか。
 俺が気づかないとでも思っているのだろうか。
 壊れる恐怖に囚われた俺の心では、それを確かめる術もない。
 それでも、離す気などない。

 俺は、「愛している」だけでは届かない場所で、おまえを愛している。
 これが永遠だと錯覚させるような、おまえの静かで規則的な呼吸に耳をすませた。
 ぴくりとも動かないままの指先を伝わり、自分の鼓動も確認できる。
 真夜中の暗い部屋で、オレンジ色の柔らかなライトの灯りがかすかにじんだ。
 鼻をついたダチュラの香りが、今も俺の中で燻り続けている。

「なあ、おまえは―――」
 俺は、右の胸の上にそっと添えられたおまえの指先を、きつく握り締めた。


 -fin-


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