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『in the Soup』


 あの日以来、俺は結局真知に振り回されている気がする。

 俺よりもたくさんの言葉で、
 俺よりもたくさんの仕草で、

 何歩も先を行く、真知。


 唖然とするほどの行動力で
 心を躍らせ、
 俺が思いも付かない方法で
 この心を奪ってゆく。

 俺にはこういうのが合ってるんだろうな…
 諦めるでもなく悔しがるでもなく、
 ぼんやりとそう思う。


 いつも俺は、真知にしてやられる。


 おまけに恋人らしいことは何もしてやれてないな、と思う。
 俺も彼女も仕事の忙しさに紛れて、
 会う時間をほとんど作れない。

 結局俺たちを繋いでいるのは携帯のメールであり、
 寸暇を惜しんでかける電話であり、
 彼女の瞳だったり俺の腕だったりはしない。

 機械がかろうじて2人を2人にしている、
 そんな現状だった。

 それでも俺は真知の声に、
 綴られる文章に、
 どれだけ助けられたか分からない。

 どこかで見ているんだろうかと思うほどの
 タイミングでメールが来て、
 背中を押してくれたり撫でてくれたりする。

 その軽やかな声で勇気づけてくれたり、
 安息をもたらしてくれたりする。


 俺には何があげられるのだろう。
 俺には何ができるのだろう。

 俺は正直、困っていた。
 いつも彼女に助けられて1日を終えてしまう自分に。


 久しぶりに休みが取れたとメールしてみると、
 偶然にも休みが重なることが分かった。

「どこか行くか?」
 すぐに返ってきたメールには
「桜、見に行きたい。」

 数日前に開花宣言が出されて、そろそろ満開になると
 ニュースでも言っていた。

 たまには外をぶらぶらするのも悪くない。
 たちは久しぶりの外出にはしゃいでいた。

 桜は満開にはあと少し足りなかったが、
 平日ということもあってそれほど人出も多くなく、
 のんびりと散策するにはぴったりだった。

「桜、好きなんだ〜」
 そう言って少し歩いては立ち止まり、
 立ち止まってはまた歩く真知。

 携帯で桜を撮影しては俺に見せて、
 降ってくる花びらを掴まえては
 俺の上にそれを降らせる。

 そうしている真知は、いつもの策士な影はどこへやら。
 可愛くて、俺は暫し彼女に見とれた。

「雄二、届かない…」
 彼女の声でふと我に返ると、真知は
 桜に手を伸ばしていた。
「何、枝折るのか?」
「ばかっ、触りたいだけ」
 ちょうど急斜面になっていて、桜の枝には
 彼女がちょっと背伸びしたくらいでは届かない。

 俺は急斜面を少しだけ登って、枝を撓らせた。
「ほれ」
「わーい、桜だ」

 ぽきっ。

 いい音がしたのは、彼女がわーいと言ったのと
 ほぼ同時だった。

「げ」
 綺麗にハモった俺たちは、顔を見合わせた。
「…まあ、いいか」
「まあいいって、雄二っ」
「いいよ、別に。
 万が一ここの管理者に見つかっても、
 俺がやったって言えばそれで済むんだから」
「で、でも、お願いしたのは私だよ?」

 …真知が動揺するのなんて
 初めて見たかもな…

 思わず右頬を上げて笑った俺を見て、
 真知が「何笑ってるのよう」と
 抗議の声を上げた。

「お願いしたのが真知だから、
 いいんだよ、俺が謝れば」
「…でも」
「それに、真知に似合ってるよ、桜。可愛い」

 途端に、真知の「でも」が止んだ。


「…どした?」
「雄二はずるいよね…」
 桜に顔を埋めて、彼女はぼそっと言った。

「たったひとことで、こんなに幸せな気持ちにしちゃうんだから」

 …え?
「…どれが?」
 真顔で聞き返した俺に、彼女は笑いながら付け加えた。
「しかも、無意識で」
「え?」
「天然には敵わないなー」
「誰が天然だ」
「雄二でしょ、話の流れからいって」
「ぬおっ」

 天然だぁ?

 …納得いかなかったが、とにかく真知から
 1本取ったことは間違いないらしい。

 俺は彼女が大事に抱えている桜の枝から落ちた
 花びらを1枚拾って、
 風に乗せた。


 -fin-


【五鍵】 9000 hits memorial story
special thanks for ヒロコ@【五鍵】 and 大和@【STARDUST】
story : copyright(c)2006 ヒロコ all rights reserved.
illustration : copyright(c)2006 大和 all rights reserved.




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