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『ブーゲンビリア』


『…だからさ、なんでいつも代替画面なの』
 指定着信音に飛びついて繋げた携帯の、その向こう側の人は不機嫌そうな声でそう言った。
 いや実際不機嫌な顔が、液晶画面のリアルな動画の中で首を傾げている。
 映し出された彼はさらりと揺れる前髪がこの間よりも伸びていて、それがなんだか別の人みたいで、私は妙に照れくさい。
 …照れくさいのは今にはじまったことじゃない、んだけど。
「なんでって、特に意味はないよ?」
 多分彼は車の中で、運転席のシートを少し倒してリラックス状態。着ているラフなシャツは、この間買った肌触りがとてもよくてお気に入りの1枚だろう。
 その姿勢はテレビ電話には不向きだと思うのだけれど、ついでに言うとウチのソファで寝転がってるのを見下ろしてるみたいな気がして変にドキドキしちゃうのだけれど。
 そんなことはお構いなしに彼はいつだって積極的で魅力的で、私の都合なんてお構いなしに情熱的。
 小さな画面の中、嫉妬しちゃうくらいに綺麗なアーモンドの目がふにゃりと緩んで、これまた綺麗な手でもって、彼は私に手を振ってくれた。
 音量を絞った夕方のニュース番組が明日は雨だと憂鬱な情報をくれたけれど、そんなのはどうでもいいくらいに嬉しくなったりとか、同じくらい照れくさくなったりとかしたのは――彼には秘密にしていよう。
 携帯電話のボタンを押すと、私の画面で、デフォルメされた女の子のキャラクターが彼に手を振る。
 今日も難なく主導権を手にした彼を相手にするには、マニキュアを落とした休日仕様の指先がどうにも心もとなくて、私は携帯にぶらさがってゆらゆら揺れる花びらの形をしたストラップに触れた。
 彼は等身大じゃなくたって、私に恋を自覚させる。

 画面の向こうで、寝返りをうつようにして彼がころんと横を向いた。アングルが変わったおかげで、車窓の外の様子がなんとなく私にも伝わる。
 ウチの窓から見える空と彼の空はまったく同じで、彼にもらったお揃いのストラップのブーゲンビリアの花の色。
 ――あなたは魅力に満ちている
 そんな花言葉がよく似合う、情熱的な囁きの色。
『絵文字がいっぱいのメールも悪くないけどさ、文字だけじゃホントに元気でいるかどうかとか分からないし。
 それだけで何かを感じ取れる程俺ってエスパーじゃないし…って、聞いてる?』
「聞いてるよ?」
 指先でストラップを弾いたりしていたら、その小さな音まで拾った彼が訝しげな顔をした。
 私は私で、「そんなこと言ってるけど、本当は私のこと全部お見通しじゃないの」なんて言いかけてやめる。
「本当は全部計算ずくで、私のことそのてのひらの上で転がしてるんじゃないの」なんてのも言いかけてやめる。
 私が彼に口で敵うわけない。それは惚れた弱みとかそういうの以前の問題で、どうしようもなく悔しいんだけど――白旗を揚げることに対して何の抵抗のない自分がいじらしくて、…ああやっぱり悔しいかも。
『たまには電話して顔も見たいなーとか思ったらコレだし。俺はいい加減にこの子と話すの飽きちゃったよ』
 彼は「ねー?」なんて言って、私の代わりのキャラクターに同意を求めている。
「そんなこと言われても、急にかかってきた電話とは言えノーメイクは晒せません」
 私は「あなたにだから余計に晒せません」なんてのを言いかけてまたやめた。それって墓穴を掘るだけよね?
 …でも彼は当たり前のように私より上手でいて、さらりとした調子でとんでもないことを言い出した。
『俺は別に気にしないのに』
「私が気にする!」
『じゃあ5分待つから、その間にお化粧してよ』
「…は?」
『いい、5分だからね?』
「ちょ、ちょっと!?」
 呆気に取られてるうちに、ホントに電話が切れて私はパニック。
 5分でどう化粧しろって言うんだろう。とりあえず眉を描くのは外せないから、……。

 それからきっちり5分後の指定着信音に、私はやっぱり白旗を揚げた。

『…だからさ、どうしてまたこの子なの。さっきの俺の話聞いてた?』
「聞いてた。聞いてたよ」
『なら』
「そんなこと言ったって、5分ってすっごく短いんだよ?」
 テーブルと膝の上に散らばったお化粧品一式が、私の慌てっぷりを賑やかに代弁してくれている。
『俺には5分はすごく長かったけど?』
「…っ」
 …そんなことを真顔で、まっすぐな目で見つめながら言うのはやめて。
 耐えられない私は思わず目を逸らしてしまって、逸らした先のコンパクトの鏡の中に、真っ赤になった自分を見つけた。
 ほんっと今、代替画面にしといてよかった…。
 こんなに照れて動揺した顔なんて余計に彼には晒せない。晒せるわけがない。
 でも彼はまた『いいじゃない別に、スッピンでも』なんて言い出して、その無垢な目で私を見た。
『いい加減に諦めたら?』
 ――好きなんでしょ、俺のこと。




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