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『ソファーと猫』


「髪切ってきた」
 彼はそう言って、ソファーにどっかり腰をおろした。
 陽のあたる位置に移動させたソファは彼のお気に入りで、日暮れた今もほのかな温もりでふかふか気持ちいい。
 女手ではできない類の模様替えを彼がさくっと済ませてくれたのは、まだ暑い夏の日だった。
 いつもならそこにごろんと寝転んだり、ぬいぐるみのクッションを抱えて子どもみたいに遊んでたりで、ひとりで楽しく過ごしてる彼なのに、なんだか今日は違うらしい。
「うーん」
 いつもより少しだけスッキリした頭の、その毛先の動きを指で確かめながら、彼は変な風に喉を鳴らした。

「ううーん」
「なに、それ気に入らないの?」
「気に入らないわけではない」
「じゃあ落ち着かないの?」
「うううーん」

 目を閉じて自分の頭をもしゃもしゃかき回す、その確かめるような手つきには、私も身に覚えがある。
 嬉しいようなちょっと寂しいような、期間限定の、独特の感触。

「短くなったの、変なカンジ?」
「そのうち慣れると思うけどねぇ」
「美容室の匂い、する?」
「…ちょっといい匂いなら、する」

 どれ、と私は洗濯物をたたむ手を休めて、彼のソファーまでゆっくり3歩。
 腰を屈めて近付いたその髪は、なるほどいつもと違う甘い香りがする。

「ねぇ、私よりいい匂いしてるかも」
「…構いたくなる?」
「ん?」
「俺は、いい匂いのしてる人が隣にいたら、構いたいと思う、……よ」
「……」

「…撫でて」
「……ほほぅ」

 目を合わせずに頭を差し出してきた彼に、私は内心「そういうことか」とほくそ笑んだ。
 今日、「会いに行くよ」なんて話は聞いていない。お休みだっていう話も聞いていない。
 ただ、いつもとちょっと違うところに託けて――たまには甘えたい気分の、素直な彼がここに。
 いつもとちょっと違うところに託けて、たまには甘やかしたい気分の、私が、ここに。

「じゃあ今日は特別に、トリミングして差し上げましょ」

 そう言って抱えた胸の中、「いつも優しくしてよ」と呟く猫毛が愛しくて、私は頬をゆるめる。
 懐いた猫は、柔らかい溜め息で私の心をくすぐる。

 黄色いソファーはいつしか優しいまどろみで、彼と私を包み込んだ。


 -fin-


special thanks for 蓮花@【natural】
illustration : copyright(c)2006 蓮花 all rights reserved.




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