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『煙草と指先』
「もう夏が来んだな」
ベランダに出て、火をつけた煙草の煙に眉を顰めながらあなたが呟いた。
開け放ったままの窓で、カーテンは紫煙と絡んで戯れている。片隅にある鉢植えには水を遣ったばかりで、緑の大きな葉は雫を弾き煌めいている。
水遣りの後に漂う濡れた土の香りはこの間までとは少し違って、蒸れるような熱の気配で部屋の中を満たした。
――もう、夏が来るのだろう。
視線の先であなたはシャツのボタンをひとつ外し、寛げたその襟で喉元を扇ぐ真似をした。
私たちの夏の思い出は、まだ数える程しかない。
ベランダから見渡せるずっと向こうの空で、雲の切れ間から光が降りてきていた。
―――神様が降りてきてる
そう言って笑ったのは、まだ記憶に新しい昨年の夏だったように思う。
初めてあなたが部屋に来た日、空はなんだか切ない色をしていた。
斜光の袂では命が召されて天に昇るのだと、ずっとそう思っていた私に、あなたが言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えている。
―――お前は連れて行かせねぇから
あの日から、雲の切れ間から降りてくる光に寂しさを感じることはなくなっていた。
ふたりの間にふと訪れる沈黙が“天使”だとしたら、あの眩しい光は“神様”なのだ、きっと。
そして、とても簡単に私の心を軽くしてしまうあなたは、あの光と同じくらいに眩しい。
けれど、そんなことを言う私にあなたは決まって眉をひそめて、「…煙草」と言う。
この部屋は禁煙だから。
私がそう言ったから、あなたはいつもベランダに出て火をつける。
ヘビースモーカーではないから、時々ベランダに出て吸う煙草はいつも照れ隠しで、燻らす煙を避けるように眉をひそめて、大きな手は口元を覆う。
「こっち来い」
揺れるカーテンの隙間から覗いたしかめっ面が、干してある大きなバスタオルに手をかけながら私を呼んだ。
「なに?」
「虫除け」
「え? 蚊?」
「ばぁか、違う」
ひたりひたりと裸足のままでベランダへ出れば、銜えタバコで微かに笑った顔は、いつの間にか銀色に光るリングを弄んでいた。
――あなたは魔術師の素質だってあるのね。
近寄ればあなたは照れ隠しに眉を顰めて、もう一度「虫除け」と言って私の指先にそれを通した。
大事な瞬間はいつもベランダで。
眉をひそめた照れ隠しのあなたに触れたくて、私はその青いシャツの裾を引っ張った。
私に降りてくるあなたは、僅かに苦い煙草のにおいがする。
-fin-
special thanks for RouRou@【CENTURY】 and 蓮花@【natural】
plan and scenario : RouRou
scenario : 真知
scenario : copyright(c)2006 RouRou and 真知 all rights reserved.
illustration
: copyright(c)2007 蓮花 all rights reserved.
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