order book 025 1/1
『ねこじた』
彼女は日向が大好きで、
日向で昼寝をするのも散歩をするのも大好きで、
ちょっと目を離すと何処に行ったんだかわからなくなって、
ぼーっとしてるから転んだりとかぶつかったりとかした痕をつけて、
探して探してやっと見つけた俺を見て、花が開くように笑う。
むしろ最近は日向に咲いた花というよりも日向でまどろむ猫のようで、
そんな猫も、雨の多い季節になってからはまるでうちの家猫だ。
太陽が待ち遠しくて鉢植えのパキラの脇から空を見上げる、
蓮花は今日も俺の家にいる。
玄関先に広げて乾かしている傘と彼女のミュールは俺が使わない色味だったりするので、雨だというのにうちの中は随分と賑やかな気配になる。
雨が多いとなかなか散歩に行けない。でも外に出られないわりには、彼女はよくうちに遊びに来る。
今日の彼女はまたどこからかお土産を持ってきてくれて、俺はその薄いクッキーのために――いや彼女のために――近くのコンビニへ牛乳を買いに行き、カフェオレを入れた。
「どしたの、これ」
「しさくひーん」
どうやらうちへの道すがらいつものカフェに寄ったら、彼女と仲良しのマスターがくれた、ということらしい。
――あっちでもこっちでも餌付けされてるのか、なんて思いながら、俺は彼女の手の中からクッキーをひとつまみ。
薄くて舌ざわりのいいそれは、縁にうっすらとついた焼き色が香ばしい。
猫というよりもむしろハムスターかリスのような動きで彼女ははもはもとクッキーを頬張り、「なんて名前だったかなぁ…」なんて言いながら、ショートカットの頭を揺らした。
「確か、ね、ね……ねなんとか」
「ねなんとか?」
「ね…ね……」
「早く思い出さないと脳細胞死ぬよ?」
「んぎゃっ、馬鹿になったらた・い・へ・ん!」
「…そうねぇ」
ぼそっと零した一言に、思いもかけず彼女がギッと睨み返してきたものだから、俺は年甲斐もなくアワアワしてしまう。
ア…アナタどこのお友達からそんなの移ってきたの、交友関係ちょっと改めなさい?
俺のいないところで彼女が何処へ行き、誰と会っているかなんてのは俺は知らない。
時折会話に出てくるるぅさんとかしのさんとかまむんさんとか――て、まむんさんて誰だ。オカシイだろその呼び方。
とりあえずそのあたりのお姉さん連中が怪しいのだが、彼女が懐いている以上、俺は何も言えない。
猫の出先での行動なんてのは把握しきれないもので、俺はいつだってハラハラして――でもそれが猫を飼う醍醐味でもある気がするので、だから俺はやっぱり何も言わない。
猫は疲れたらうちに帰ってきて、今みたいにソファーの上で幸せそうに丸くなってくれてたらいいのだ。
…あと、俺の膝の上とかね。
「あっ! アレだアレ!!」
「なに」
試作品の名前を思い出したらしい彼女が、目をキラキラさせて俺を見た。
「“ねこじた”!!」
勝ち誇った顔で彼女はそう言い、満足そうにまたクッキーを頬張った。
…ってさ。
それ多分“ラングドシャ(Langue de Chat)”で“猫の舌”だと思う。“ねこじた”とはちょいと意味が違うよ、蓮花。
俺は苦笑いで、今のでちょっと溢れてしまった愛を、わかりやすく言葉にしてみた。
「ばかだねぇ? ねこじたはアナタでしょ」
「馬鹿じゃないもん」
外が雨だろうと元気なうちの家猫は、やっぱり威勢良く膨れた。
それから彼女曰く“ねこじた”の包みを俺から遠ざけて、ひとりではもはもと頬張り出した。
テーブルに置き去りにされたままのカフェオレはもう冷めてしまったであろう温度で、温めすぎたミルクの膜を上に張っている。
“ねこじた”を取り上げられた俺は仕方なくそのカフェオレまで飲み干して、キッチンへのついでにゴミ箱とかをお片付け。
外は雨とはいえ、もう大分暖かくなってきたからアイスカフェオレでも入れよう。
「お嬢さん、ちょいと1杯いかがです?」
新しいカップを手にコマーシャルの真似なんてしてみると、途端に彼女はご機嫌なのだから現金なものだ。
俺はまたソファーの隣に陣取って、クッキーとカフェオレを両手にしつつも抱えられた彼女の無防備な膝に、真新しい青あざを発見した。
…また何処かにぶつけでもしたのだろう。気をつけて歩きなさいとあれほど言ったのに、本当、手を繋いでいないと心配でならないよ俺は。
俺ははもはもと満足そうな横顔を眺めつつ、今日もちゃんと爪を切ったし――なんて思ってみたりして。
ソファーの上、ショートパンツから伸びた裸足には、俺のとは違う華奢で小さな爪。
白い肌を汚す青を清めるつもりでぺろりと舐めると、蓮花は一声「ふぎゃっ」と鳴いた。
-fin-
special thanks for 蓮花@【natural】
illustration
: copyright(c)2007 蓮花 all rights reserved.
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