order book 026 1/1
『FLAVOR OF OXYPETALUM』
今年もまたホールのアレをふたりで食べる日がやってきた。
約束の時間にはまだ少し余裕がある。
いつも通り、駅の階段を一段飛ばしながら上がると、地面を這うような夕方の日差しが、強烈なセピア色で街全体を染めている景色に目が眩んだ。
随分と傾いている太陽はまだ名残惜しそうにこちらを照らしていて、Tシャツの首元がじわりと汗ばむ。
時間に少し余裕がある、といってもいつものカフェはもう目の前まで迫っているし、さらに先にある本屋まで足を伸ばすには時間が足りない。
ならば一足先にカフェに入って、窓際の席から"おそろいのパーマ"を揺らしながら来る真知を眺めていようか。
そう思ってカフェの扉に手をかけた時、隣の花屋の店先に青色の小さな花を見つけた。
「懐かしいなぁ」
俺は扉にかけた手を離し、ちょうどカフェと花屋の間あたりで真知を待つことにする。
真知は覚えているだろうか。
あの頃はまだ人混みに紛れても手を繋ぐタイミングがわからなくて、俺のシャツの裾はいつもぎゅっと握られた形だった。
ケーキを平気でふたつも平らげるなんて知りもしなくて。
誕生日がいつだとか、疲れを溜め込んでひとりで泣くんだとか、そんなことも知らなくて。
ここ最近は"おそろいのパーマ"を揺らしているけれど、あの頃はパーマなんてかけちゃいなかったよなぁ。
俺は花屋のお姉さんに、店先のその花をありったけお願いした。
それからちょうど少し先の角から姿を現した真知が、俺の姿を見つける。
そこからまだ少しの距離を走り寄ってくるなんてことはしないけれど、俺を見つけた瞬間の、あの緩んだ顔は見逃さない。
その青色の小さな花が、ブルースターだと教えてくれたのは真知だ。
あの頃も同じようにありったけブルースターを買った日、俺を見つけた真知の緩んだ顔がかわいかったから、ってのは今も内緒だが。
「なぁに笑ってんの?」
「断じて笑ってなどい〜な〜い〜」
「へえ? 何だかちょっと伸びてるカンジなのはいつものことなのね〜?」
「まあいい、今日のところは勘弁しといてやる」
「ナニが!?」
セピア色だった景色はいつの間にか蒼い夕闇に染まりながら、宵の明星と薄く尖った月の姿を映えさせている。
いくつかの鉢植えが心地よい風を受けてそよぎ、俺と真知のパーマもほわほわと揺れた。
「おまたせしました」
花屋のお姉さんの声に振り向いた真知は、差し出された背の低い花束を見て頬を緩ませ、それから片手で俺のシャツの裾を掴んだ。
「覚えてる?」
「当然でしょう」
「……じゃあ」
「ふむ」
あの日。
ブルースターの花束を受け取った真知は、花屋の店先の湿った場所でつるりと滑ったのだった。
慌てて掴んだ先にあったのはシャツの裾ではなくて俺の手。
ずっと手を繋ぎたかった俺にとって、何とも言えない出来事だった。
「日が沈むまで少し歩く?」
背は低いけれど随分と嵩張る花束を片手に、もう片方の空いた手はシャツの裾ではなくて俺の手に。
「おめでとさん」
「ん。ありがと」
年に一度だけ許されるホールのケーキは少し後回しにして、照れて俯いた真知の顔を覗き込んでくちびるぺろりのぎゃふんをひとつ。
これからもよろしく頼みますよ。
-fin-
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