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『じゃあ、また』
逢瀬は、いつもひっそりと行われる。
まだ人々の行き交う昼間であったり、
しんと静まり返った深夜であったり。
小さなホテルの部屋は、私たちを包み、
世間をも、時間をも、忘れさせてくれる。
シーツの上で向き合って、
私は彼の指輪を、
彼は私のネックレスを、
ゆっくりと外す。
――それが、合図。
互いに引き寄せ合う身体。
次第に荒くなる息遣い。
ささやく声と繰り返されるキス。
どれをとっても、恋人同士のそれなのに、
私たちはそうじゃない。
繋いだ手が、きつくきつく握り合って、
私と彼の間を隔てるものが、
互いの身体だけになっても。
私たちは、いつでも、かたちのないものだから。
さっきすれ違ったふたり連れや、
エレベーターを先に降りた親子連れに、
指先を絡めた私たちがどう見えたのかなんて、想像に難くない。
私たちが身に纏うきらめきが、
互いに贈り合ったものではなくても。
装いというものが、服装以外にも当てはまるものだと、気付かずにいる人には。
痕を残してしまわないように、
シーツに押し付けられた私の手、重なる彼の熱いてのひら。
私に重なって、染みる彼の汗の香り。
確かに彼が私の一部になる感覚。
密やかで秘めやかな逢瀬は、
彼からの電話ひとつで繋がっている。
メールはしない。私から電話をすることもない。
気付かれないようにすること、それが私たちの最低条件。
――跡が残るから。
――そうだね。普段は忘れていた方がいい。
拒んだ私を彼は受け入れ、そして私は彼を受け入れる。
彼に指輪を贈った人、
私にネックレスを贈った人、
互いにとっての相手のことは、自分と比べることも馬鹿らしいほど違いすぎる。
そう思えるほど彼が相手を愛している。
そう思えるほど私が相手を愛している。
だからこそ、
私は彼に痕を残さず、彼は私に痕を残さず、
私は彼の跡を残さず、彼は私の跡を残さない。
私たちは、かたちのあるものを愛していながら、
かたちのないものも、愛していたいのだ。
片方だけの彼のピアスと、片方だけの私のネイルピアス。
身体の左右の小さな違いでさえ、
この瞬間、私たちだけのものになるように。
気付かれないためにかたちをなくし、
忘れるために精一杯覚える矛盾を、愛しさの代償に。
なんて欲張りなふたり、
だから何も残さないように――
絡める指先を、この先も、ずっと。
シーツの海を巧みに泳ぐ彼、乗り込む前に攫われる波の狭間。
はたして寄る辺はどこなのだろうと、
揺らされて引き寄せられて。
身体に直接響かせる声は、高く掠れる風の音のようだと、
彼が好むようにしようとして、結局私の好むようにと踊らされる。
そうして、私たちは、また。
シーツの上で向き合って、
私は彼の指輪を、
彼は私のネックレスを、
ゆっくりと互いの身体に戻す。
どうしてだか浮かんでしまう微笑みを、
困ったように、重ねた唇で分け合って。
携帯の画面に残った、彼の痕跡を消しながら、私は。
忘れるために覚えている、
彼からの、次の電話を待っている。
-fin-
reproduced 【琥珀堂】
special thanks for 蜜@【琥珀堂】
plan and scenario : 蜜
scenario : 真知
copyright(c)2008 みつまち all rights reserved.
[theme : 繋いだ手×彼と私の距離]
10sites joint project 『君を恋ひぬ日ぞなき』vol.2
deviser ヒロコ@【五鍵】
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