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『FLAVOR OF HANGOVER』
意識が深い場所からゆっくりと浮上するのと同時に、じわじわとズキズキと不愉快な何かが俺の頭を支配し始めた。
うっすら揺れる光が瞼を刺激し、朝であるらしいことはわかる。
けれど不愉快すぎて目が開けられない、というより開けたくない。じゃなくて何か気持ち悪いような、頭痛いような、身体が重いような。
記憶の欠片を手繰り寄せ、脳内が覚醒した途端に嫌な予感に襲われた。
おそるおそる目を開けると、何やらこれまた不愉快な圧迫感。白い、いや黒い?やわらかい、くすぐったい。
「――……ぶふっ」
視界いっぱい、鼻先に何かを突きつけられ、俺は全身を硬直させた。腕も足も、きっちり先までたぶんピーン、と。
たっぷり3秒ぐらい、ふくらはぎが攣りかけた直前に目の前の何かを掴み取って引き剥がすと、真上から俺を見下ろしている真知が確認できた。
「お……あ? だ?!」
―――お、おはようございます。あ、朝だよね? だ、ダルメシアン?!
「ひゃくいっぴき真知ちゃーんッ!!」
「ひぃぃぃッ」
白と黒のくすぐったい圧迫感の正体は、どこから来たのかダルメシアンのぬいぐるみで、その攻撃に、俺は反射的に身じろいだ。
…ら、まだ完全に覚めきってない身体はいとも簡単にベッドから滑り落ちた。
しかも上半身だけ、壁とベッドの中途半端な隙間に。ものすごく情けない格好。
ふふん、と鼻で笑うが聴こえる。「してやったり」と満足そうにほくそ笑む真知の顔が想像できた。
差し伸べられた細腕を借りてベッドに這い上がり、そして何となく正座する。いや、ついうっかりしてしまった。
「もしかして、覚えてないの?」
言いながら真知の片眉がぴくりと動いた。その顔は怒ってるようにも、笑いを堪えてるようにも見える。
見れば俺は昨日着てた服のまま、どうしてなのか靴下が片方ない。
「むむ……」
俺の膝にダルメシアンのぬいぐるみを置きながら、真知は俺を覗き込んだ。
東側の窓から差し込む光に、真知の髪がやわらかに光っている。少しだけ開いている窓から流れ込む乾いた風にカーテンがひらひらと踊った。
そうだ、昨夜は雨だった。
仕事の関係で仕方なく、そう仕方なく。早い時間から浴びるほど、いや結果的に浴びるほど飲んでしまったのだ。
真知が駅まで傘を持って迎えに来てくれて、その時点で俺がすでに出来上がっていたことに対して不公平だと言わんばかりに唸り、……で……それから?
「ダルメシアンが散歩してた、な?」
真知が気に入っているいつものカフェの手前辺りで、向かいからツンと澄ました顔のダルメシアンが歩いて来たのだ。
住宅街でもないのに散歩する犬を見るのはめずらしかったし、リードを引く飼い主と共に何とも言えない気品が漂っていて、通り過ぎてゆく様を目で追った記憶がある。
「ひゃくいっぴき真知ちゃんが来た! って」
「ぶッ。ひゃくいっぴき真知ちゃんて……まさかそれ、俺が言った?」
「覚えてないの?」
「ぶわはははははははは。101匹もいたら困る! 手におえん」
「ひゃくいっぴき真知ちゃんに対してひゃくいっぴき雄二でどうにかなるんじゃないかって話をしましたけどね?」
「そ……ソウデスカ」
ベッドの端から軽々と飛び降りた真知に続いて、リビングへと移動する。
完全な二日酔いだった。体内で101匹の小さい俺がチャンバラでもしてるに違いない。う……うぷ。
廊下へ続く扉の向こう、玄関先に靴下が片方、脱いだカタチそのままで転がっているのが見えた。
真知がそれを摘み上げ、バスルームの方へと放り投げる。だから俺は履いたままのもう片方を脱いで、真知の方へと放り投げる。
靴下を食らったのか、背中で奇声が跳ね返った気がしたけど放っておいて、とりあえず水。それから頭の中を整理しよう。
そう思って俺は冷蔵庫を開けた。
「………。」
冷蔵庫の真ん中を占領していたモノを見て、俺は黙って扉を閉める。
決して忘れていたわけではないぞ。いや、だがそれは無理。今は無理。かんべんして。頼む。
「ひとりで食べるからいいですよー」
冷蔵庫の前で祈る俺の背中にぺたりと張り付き、右肩に顎を乗せた真知はそう言った。
「おめでとさん」
「うん。シャワーでも浴びてきたら?」
「ほぅ。じゃあそうしよう」
背中にへばり付いたままの真知を強引におんぶすると、ぎゃああ、と色気のない声が響く。
バスルームへ向かう間じゅう「ケーキケーキぃぃ」と叫び(といってもそれほど長い距離じゃないが)俺は声を出して笑った。
真知が101匹いたら、やっぱり俺も101匹いなくてはダメだな。
たとえ二日酔いで101回ケーキを食べることになったとしても―――
……やっぱり無理かも。
-fin-
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