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『memories』


「何欲しい?」
「んー?」
「…なんか考え付いた?」
「んー」
「どっちだよ」
「んー?」
 オマエなあ、と口から出かかったけれどそれをごくりと飲み込んで、見えないのににっこりと微笑んで、めげずに言った。
「何欲しい?」

「んー」
 私の誕生日だから彼がそう言ってる、それは分かっているんだけど。
 受話器の向こうの困り果てた苦笑いを思い浮かべながら私は返事にもならない返事を繰り返す。
 そう言われましても。
 ブランドものを強請るのはなんだかいや(ら)しいし、ピアスや指輪は2週間はローテーションを組めるほど貰っているし、あまりに実用的なものを挙げるのもなんだか生活が逼迫しているみたいでさもしいし。
 かといって「アナタがいれば、あとは何もいらないわ」なんて死んでも言えない。そりゃ死んだら言えないけれど、いやそういう問題じゃなくて。
 だから、
 本音はいつも、見えないところに隠れて。
 本心はいつも、見せないように隠して。

 馴れ合いの精神が生まれる、それは致し方ない。何年も一緒にいて、そうして巡ってくる何度目かの誕生日なのだから『まあそんな別に何か特別なことしなくたってねえ』ともなる。
 ホールのケーキを何度食べただろう。何度花を渡しただろう。だから彼女が「んー」としか発しなくなる、それはまあそうだ。
 だからといって『アナタがいればあとは何もいらないの』なんてことを言って俺の鼻の下を伸ばさせるようなヤツじゃないことも承知だ。
 病床に伏した彼女に「遺言代わりに言ってくれ」と言ったら、きっと死の淵からでもはい上がってくるだろう。
 けれど、
 本音はいつも、透けて見えてる。
 本心はいつも、隠しきれずにいる。

 何年経ってもただ隣にいて微笑んでてくれればいいと思ってるなんて、きっとこの人は知らないんだろう。
 何年経っても何か形に残ることをしてやりたいんだと思ってるなんて、きっとコイツは知らないんだろう。

 だから、私は。
 だから、俺は。

「何時ごろ来られそう?」
「9時過ぎかな」
「じゃ、何かつまむもの用意しとく」
「ん」
「何もいらないからね」
「ん?」
「何も、買ってこなくて、いい、から、ね?」
「んー?」
「んー?じゃないっ!」
「先に言ったのはそっちだろ?」
「うるさーい!」
「うるさいだと!?覚えとけ!」
「しらなーい、なんのことー?」
「うるせえ!」
「うるせえだと!?覚えとけー」
「だぁあもう切る!」

 いつもと同じように電話を切る。
 いつもと同じように受話器を戻す。
 いつもと同じようにアイツの家に向かう。
 いつもと同じように彼が来るのを待つ。

 きっと次の週末も。
 きっと次の誕生日も。


 -fin-


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