board meeting 007 1/2




『long...long time ago...』


 それはまだ、俺の髪が短かった頃の話。

 ***

 風呂から上がると、既に家の電気が消えていた。
 …朝が早いのは知ってるけど、まだ夜の9時半よ?
 襟足に届くかどうかの長さの髪から滴がシャツに滲みて、俺は慌ててタオルでガシガシ拭いた。
 築年数がそれなりに経った家は、歩くと少し床が鳴る。足音を殺して廊下から階段を上る。
 2階に上がってすぐのドアには、可愛らしいキャラクターのシール。
「…ね〜い〜? 寧ちゃ〜ん?」
 そっとドアを開けて呼ぶけれど、予想通り返事はない。俺は部屋の中に入り、ベッドの脇にしゃがみ込んだ。
 可愛い可愛い小さな俺の娘は、あどけない寝顔でクマのぬいぐるみを抱きしめている。
 …昼間さんざん遊んだもんなぁ。
 思い出して笑顔になるのが幸せで、小さな彼女が愛しくて、そっと頬にキスを落とす。
「おやすみ。良い夢を…」

 ***

 もう一つ奥の部屋には、もう一人の俺の愛しい人が居るわけなんだけど。
 案の定ここも電気が消えていて、ベッドには横たわる人影。
 うわ寝るの早っ。
 …ねぇ、おやすみのチュウは?
 俺はなんだか置いていかれたみたいに寂しくなって、もぞもぞと布団に潜りこんだ。後ろから彼女を抱きしめる。
「構って?」
 ぎゅぅ。
 寝入りばなのはずが…反応ナシ。
 むう。
「ね〜え〜遥香さん、構って?」
 今度は首筋に頬を摺り寄せて、必殺の甘え声。
 ぎゅぅ。
 ……。
「…まったくもう!」
「おわっ!?」
 怒った声で跳ね起きた遥香さんが、ナイトテーブルのランプを点けて、俺の首からタオルを奪った。
 その拍子に俺も引き起こされる。
 遥香さんってば、細っこく見えて、意外に力持ちなんだよね…。
「ちゃんと乾かさないと冷たいでしょ!?」
 ワシャワシャワシャワシャ…。
 そう怒られて、濡れ髪を乱暴にぐしゃぐしゃかき混ぜられてるんだけど、俺はなんだか嬉しくなる。
 だって遥香さんってば、行動とは裏腹で声が優しいんだもん。
 嬉しくてヘラヘラ笑っていると、全開になったおでこをペチッとはたかれた。
「こーのー、甘えっこ!」
「え〜、だって幸せなんだもんv」
 だから拭いて〜、なんて脈絡もないことを要求しながら、俺は遥香さんに抱きついた。
 遥香さんは膝立ちの姿勢だから丁度胸元に顔が寄るけど、別に狙ったわけじゃないぞ。
 …っと。誰に言い訳してんだ俺は。
 頭ごと暫く遥香さんに任せる。気持ちいいなぁ…。
「あ、吹き出物発見。私の見てないところで不摂生してるんじゃないの?」
 そう言えばさっき鏡で見たら、おでこに1コ出来てたな。
「違うよニキビだよ」
「…流石?」
 何気ない訂正に、ニッコリと遥香さんが笑んだ。ベッドの上に座りなおす…って、何故ここで正座?
「今、自分の若さを強調しなかったかな?」
 !?
 俺はぶんぶん頭を横に振る。うわやだ遥香さん目が笑ってないしぃ。
「してないしてない! 天地神明遥香さんに誓ってそのようなことは!」
「…ならばヨシ」
 納得したんだかしてないんだかよくわからない低い声。
「遥香さんだって、十分若いじゃない」
「現役十代に言われてもねぇ」
「またそこに話を持っていく…」
 俺だって、追いつけるものなら追いつきたいよ?
 追いついて抜かして、大事な人を守れるだけの力が欲しいよ。
 でも、それは叶わないことで…。
「もっと早く産まれてきたかったな…」
 呟いて、俺は遥香さんを腕に抱きこんだ。
 俺はどうやら人より成長のピークが来るのが遅かったらしく、この間遥香さんの背を抜いたばかり。
 ようやっと訪れた成長期は、今のところ月に2cmという驚異の伸びで、曲げた関節がギシギシ言うけれど。
 縋るんじゃなく、包みこむ思いで、強く強く抱きしめて。
「もっと早く産まれて、遥香さんのこと待ってたかったな…」




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