board meeting 009 1/6




『Our life,like a LOVE SONG』


 世界は愛に満ちている。――そうだろ?


 午後から秋晴れの日曜日。
 御厨流石はポニーテールにまとめた髪を風に揺らして、研究所の中庭を歩いている。胸には一抱えもある巨大な紙袋。その中には彼の店【RHAPSODY】で使用するケーキの材料がたっぷりと。かさばる荷物に苦労しながら研究棟の所員専用入口でパスを提示し、それから本人であることを証明する手順をいくつか踏んでから、やっとのことで入館を許可された。
 普段ならエントランスから顔パス同然で入館できるのだが(なんせ彼は有名人で人気者な研究所のアイドルである)、受付嬢が休みの日曜は別。
 ――まったく、せっかくのお休みだってのにねぇ。
 監視カメラが作動中なのを知っているので、浮かない呟きは心の中だけにしまっておく。
 エレベーターで地下に降りて、分岐した廊下の角をいくつか曲がったところが、彼の店【RHAPSODY】。レトロ調のドアベルがカランコロンと主人を迎える。
「よいせっと。…ありょ?」
 カウンターに荷物を下ろす。すると、テーブル下方に設置してあるパネルが点灯しているのが目に入った。シルバーの基盤に発光ダイオードを埋め込んで作った、流石が『出席簿』と呼ぶ所員の在室状況を知るためのそれは――客が所員に限られるので、仕込みには売り上げ予測が必須である――この怪しい研究所にあってナリは質素で単純ながら、結構役に立っているのだ。
 ちらほらと灯のともるその【出席簿】の、【所長室】の部分が点灯している。
 (マクシム、今日出勤だったっけか?)
 脳裏に浮かぶのは、彫りの深い友人の顔。
 (見に行ってみよっ)
 どうせ暇だしー、と日曜にはちょっと切ない言い訳をしながら、流石は所長室へと向かう。【RHAPSODY】と所長室はご近所さんだから、こちらの移動中にもしも相手が退室したとしても、すれ違いで会えないなんてことは皆無だ。

「マークシムっ!」
 やほっ☆
 警備過剰なドアロックもなんのその、全開笑顔で侵入完了♪
 新入所員ならまだしも、長年所長:マクシミリアン・シュナイダーと付き合いのある流石には――友人というよりもはや兄弟に近い――こんなものは朝飯前にすぎない。
 一番難解なモノは、これを仕掛けたマクシミリアン本人だ。
「? なんだ、お前か」
 目当ての人物はいつものように自分の席に陣取っていた。応接セットの奥の、広い机と革張りのリクライニングシート。観葉植物を配置した部屋は常に適温に保たれていて居心地が良い。
 地下にしては上々・快適な環境を享受している人物は、しかしいつにも増して不機嫌顔だ。
 流石が許可なく入室するのはいつものことなので、原因は他にあるらしい。
「お前ね、仏頂面ばっかりしてると、そのうち引力に負けてブサイクになるよ。シワシワになっちゃうよ」
 折角綺麗な顔に生まれついたんだからさ、たまには遺伝子に感謝したら?
 これでも一応(もしかして体調悪いのかな)とかは心配している。
 マクシミリアンはそう言う流石を一瞥した。
「遺伝子に感謝など、誰がするか」
 吐き捨てた言葉にはかなりの毒が込められている。――無理もない。その遺伝子の問題で、彼は辛い少年時代を送らざるを得なかったのだから。
「何しに来た、笑い皺」
「笑い皺!?」
 反撃するマクシミリアンは、唇の端だけを持ち上げてニヤリと笑う。
 皺! 美貌を誇るこの俺様に言うに事欠いて皺だと!? そりゃぁ人間36歳ともなれば皺の一つや二つ…じゃなくて!
「笑い皺なんてのはな、幸せな証拠だ! 言うなればチャームポイントだ! この眉間の皺め!」
 ビシィツ、と流石は自分より4つ年下の相手の眉間を指差して叫んだ。所長という職業柄故か、はたまた性格によるものか、マクシミリアンの眉間には皺が刻まれて久しい。しかし彼のファンを自称する女性陣には「その憂いがイイの!」と絶賛されるのだから、こちらもマイナスポイントには程遠いのだが。
 流石は密かに安堵の息をついた。――減らず口を叩く位なら、体調には問題なしと。しかしこれでは何をしにここに来たんだか分かりゃしない。
 気を取り直して、流石は自分専用席に腰掛けた。と言ってもパソコンのキーボードを押しのけた机の上に、だが。
 ここからだとマクシミリアンの顔は斜め下に見える。もう20年以上も前に起因するからか、彼に対する妙な『お兄ちゃん』癖は未だに抜けない。
「ところで色男、月初めの休日出勤なんて珍しいな。サーちゃんに振られでもしたか?」
「……」
「あっ…ごめん、俺、地雷踏んだ?」
 途端に能面のごとく無表情になるマクシミリアンに、流石は慌てる。いやまさか、あのバカップル(流石にはそう見えている)が…
「出張だの何だので、今月丸一日休みが合うのは今日しかなかった。しかし彼女には贔屓にしている店からの『エステ一日優待券』が届いていて、おまけにその有効期日が今日までだった。内容とそれによる成果及び金額換算結果と、私とを秤にかけた結果がコレだ。解ったか」
 抑揚なく一気に喋り倒した後で、マクシミリアンはフンッと鼻を鳴らした。




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