board meeting 009 4/6
「その手を離して頂戴?」
……。
一触即発な空気が、マクシミリアンの溜息一つでかき消される。
「まったくお前は…」
目の前の男には何を言っても何をやってもちっとも堪えない、否、むしろこちらの疲労度が増すだけであることを、マクシミリアンは嫌というほど熟知していた。
「どーせ慰められるなら女の人の方がイイに決まってるじゃんねぇ」
力の抜けた拳からシャツを取り戻して、あっけらかんと流石が言う。
この辺り、普段バカばかりやって誤解を受けるのを面白がっていても、立派に健全男子である。
「まぁ、それについては同感だ」
「そうだよねぇ、イイ匂いするもんねぇ」
「それに柔らかいしな」
「…お前、女好きだもんねぇ」
「……」
「すぐさま否定できないところがなんだかねぇ。泣かせた女は数知らずってか? いよっ色男っ!」
「……」
いい加減にしろよこの野郎…。
沸点間近の怒気がゆうらりとマクシミリアンの背後から立ち上る。それが殺気になる直前、
「あぁゴメン! スイマセン! 調子に乗りすぎました!」
流石が先制で謝った。あんまり虐めると可哀想だし、と思ったかどうかはさて置いて。マクシミリアンが幾度目になるかわからない溜息をこぼして、ひとまず停戦である。
再び机に座りなおして、別の話題別の話題、と流石は頭をめぐらせた。
「そう言やさ、3rdブロックの連中が結構出勤してるみたいなんだけど、あそこ今何かやってんのか?」
「新プロジェクトがどうとか言っていたからな。それじゃないのか」
因みに3rdブロックとは、当研究所内において、参謀女史を筆頭とした勤勉秀才集団が拠点を構えた地区を示す。マーケティングにかけては天才的な手腕を発揮する恐るべき集団なのだが(ボスの指導がよほど徹底しているのだろう)、『転んでもタダでは起きない』『どんな些細なチャンスからでも大金ゲット』を豪語する、研究所一がめつい部署である。
「ふぅん。また金儲け万歳なんだな…。『諭吉さん大好きー!』ってか」
因みに流石はとある件で以前彼らに協力し、大きなヤマを引き当てたことがあった。その時に御礼として、本物の諭吉さん20人編成による特注扇子を貰ったのだが、あんまり面白かったんで悪ノリ万歳! とばかりにその扇子でマクシミリアンの頬をペシペシ叩いたらば、鳩尾に拳を喰らって悶絶した覚えが…。
あうあう。
「お前も大変ねマクシム。あいつら予算食うんだよねぇ」
「そうでもないぞ。スポンサーは自分で見つけてくるし、何より使った分を返して余るだけ儲けてくるしな。願ったり叶ったりだ」
まぁ、ないよりはあった方がね。儲かるにこしたことはないしねぇ。
毎日頑張ってる所員に、それ相応の給料だとか、福利厚生だとか…これでも幹部に名を連ねている流石は、流石なりにいろいろ考えているのだ。
ウチの研究所は単なる企業やらとは違って、一種『家族』みたいな連帯感があるからね。実際、柳家のように、父子二代に渡って在籍してたりなんてのもザラだし。
『家族』のことはさ、皆幸せにしたげたいじゃない。
…ま、お金で幸せが買えるか、って言ったら、答えは「そうじゃない」んだけど。
「…流石」
「…んあ?」
突然一人で黙り込んだ流石に、マクシミリアンが少し不審な目を向ける。
「…いや」
「何だよ」
「別に」
何なのさ?
何だその目は。気になるじゃねぇか。
「何? ひょっとして俺に構って欲しくなっちゃった?」
んもーマクシムってば寂しんぼさんなんだからっ♪
流石が笑顔で頬をつつこうとするのを、マクシミリアンは率直な台詞で遮った。
「いや寧ろお前がいると仕事が進まないからとっとと帰れ」
「酷ッ! お前まで俺を独りにするワケ!?」
「……」
叫んだら、ちょっと変な沈黙が流れた。
「何さ」
「……」
「何だよ」
「……」
「黙ってないで何か言えコラ」
椅子に座って無言で腕組み、無言でこちらを凝視するマクシミリアンの様子をしばらく窺っていた流石だったが、ふっと突然、どこか諦めたような顔で小さく肯定した。
「どーせっ、俺はひとりだもんねっ」
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